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◆原告第39準備書面
第10 火山(甲369の221~258p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第10 火山(甲369の221~258p)
1 立地審査指針の基本的不合理性
2 火山影響評価ガイドにおける評価方法
3 立地評価の方法
4 将来の活動可能性評価に関する国際基準違反
5 川内即時抗告審決定によっても立地評価に係るガイドの合理性は否定されていること
6 大規模噴火の予測に関する火山学者の発言等
7 降下火砕物による影響
8 非常用ディーゼル発電機への影響


第10 火山(甲369の221~258p)


 1 立地審査指針の基本的不合理性

(1) 火山国・日本

世界には約1500の活火山があるといわれており,そのほとんどが環太平洋帯に分布している。北米プレート,ユーラシアプレート,フィリピン海プレート及び太平洋プレートの境界に位置する日本には,世界の活火山の約1割があり,日本は世界有数の地震国であるだけでなく,世界有数の火山国でもある。

【内閣府防災情報のページ】[135] 【図省略】

近年の日本ではなぜか火山活動が低調であるが,噴火の間隔が長いため,たまたま起こらない時期に当たっているだけだと考えられる。近い将来において,VEI4や5級の噴火が続けて起こっても何ら不思議ではない[136]

この火山活動がたまたま静穏だった間に,日本列島には50基を超える原発が次々と建設されてきたが,それらの原発において火山活動に対する安全性は,まったくと言っていい程考えられてこなかった。すなわち,従前の規制当局は,火山活動を考慮した安全対策を事業者に対してほとんど求めて来なかったということである。日本は津波大国であり,原発は津波に対して脆弱であることを認識しながら,津波対策をほとんど求めてこなかった,福島原発事故前の状況と類似している。

政府事故調により日本では火山が「重要なリスク要因」であることを指摘された[137]こともあり,原子力規制委員会は,日本の原子力規制機関として初めて火山についての具体的審査基準(「火山影響評価ガイド」)を作成するに至った。

しかし,審査基準についても,適合性審査についても,火山学・火山防災上の数多くの欠陥や疑問点がある上,火山専門家がほとんど不在の場で議論が進められ,危うい結論が出され始めている[138]。この状況が放置されれば,日本における次の原子炉事故は,火山活動に起因するものとなる可能性が否定できないが,原子力規制委員会にはその危機感がまったく足りていない。

[135] http://www.bousai.go.jp/kazan/taisaku/k101.htm

[136] 中田節也「大噴火の溶岩流・火砕流はどれほど広がるか」(「科学」2014年1月号)48頁

[137] 「政府事故調最終報告書」412,435頁

[138] 小山真人「原子力発電所の「新規制基準」とその適当性審査における火山影響評価の問題点」(「科学」2015年2月号)182頁

(2) 考慮すべき事象を考慮しないことは法の委任に反すること

「考え方の要旨」1(甲369の222p)にもあるように,設置許可基準規則6条1項は,「想定される自然現象」について,「地震及び津波を除く」としているため,例えば,降下火砕物と地震荷重との組み合わせによる安全施設や安全上重要な施設への影響が適合性審査の対象とならない仕組みになっている。

したがって,設置許可基準規則は,火山と地震,あるいは火山と津波の重畳的な組み合わせによる安全施設や安全上重要な施設への影響を審査の対象としておらず,「災害の防止上支障がないものとして」定めなければならないとされている原子力規制委員会規則として不十分であり,法による委任の趣旨を逸脱するといわざるを得ない。

(3) 不合理にも,火山影響評価ガイドに専門家の知見が反映されていないこと

火山影響評価ガイドは,科学的,専門的知見を集約して策定されたものではない。原子力規制委員会の「発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム」に参加した火山の専門家は,東京大学地震研究所教授の中田節也氏(気象庁火山噴火予知連絡会副会長[139])だけであり,しかも中田氏は第20回会合の冒頭に講演をしそれに続く質問に答えただけである。現に科学雑誌のインタビュー[140]で,中田氏は,「ガイドは先生のアドバイスによってつくられたんですか?」という問いかけに対し,「ちがいます。」と明確に否定し,さらに,「立地評価のところであいまいにしたのが,いちばん痛恨のところです。そこのところを決める際に専門家は誰も関わっていません。」と述べている。

火山影響評価ガイドには火山の科学的,専門的知見の反映が明らかに不十分であって,不合理というほかないものである。

[139] 火山噴火予知連絡会に係る肩書きは平成28年4月1日付けの名簿による。
http://www.data.jma.go.jp/svd/vois/data/tokyo/STOCK/kaisetsu/CCPVE/meibo_20160401.pdf 【リンク切れ】

[140] 「中田節也氏に聞く:川内原発差止仮処分決定をめぐって」(「科学」2015年6月号)568頁

(4) 火山専門家による批判

火山影響評価ガイドについては,以下のとおり中田節也氏のほかにも,火山噴火予測や防災に関わる代表的な専門家の多くが,厳しく批判している(詳細は甲369[4 MB]の226p以下)。

(5) 日本火山学会の提言に対する規制委員会の無視と曲解

火山影響評価ガイドの内容に多くの火山の専門家は問題意識を持ち,日本火山学会は,2013年9月に臨時に原子力問題対応委員会(石原和弘委員長)を立ち上げた。同委員会は,2014年11月3日の日本火山学会総会でその検討結果を「巨大噴火の予測と監視に関する提言」として報告し,公表した。

ここでは,「噴火警報を有効に機能させるためには,噴火予測の可能性,限界,曖昧さの理解が不可欠である。火山影響評価ガイド等の規格・基準類においては,このような噴火予測の特性を十分に考慮し,慎重に検討すべきである」と記されている。石原和弘委員長は,記者会見において,これは火山影響評価ガイドの見直しを要請するものであると説明している。

しかし,原子力規制委員会は,これを石原氏個人の見解と曲解し,未だに火山影響評価ガイドの見直しに着手していない。


 2 火山影響評価ガイドにおける評価方法

随所で述べてきたように,原規委設置法は,「確立された国際的な基準を踏まえて原子力利用における安全の確保を図るため必要な施策を策定」することを定めており(同法1条),火山に関する規則及びガイド類は,「確立された国際的な基準」というべきIAEAの火山ハザードに対する安全ガイドであるSSG‐21を踏まえたものとなっていなければならない。

SSG‐21は,図表1のとおり火山ハザードについて,4つのステージに分けて評価を行うこととしている。

図表1 SSG‐21 16頁 図1 火山ハザード評価への方法論的アプローチ 【図省略】

このうち,「考え方」が「整合している」とするのは,まず,第2ステージの上から2つ目の黄色い四角,「完新世において火山活動があるか」(Is thereHolocene volcanic activity?)という点である。しかし,将来の活動可能性評価において重要なのは,むしろ第2ステージの上から3つ目の黄色い四角,完新世に活動していない火山について,将来の活動可能性が否定できるか否か,という点であり,これについては,後述するように,火山影響評価ガイドはSSG‐21と整合していない。

また,重要な点として,どのような基準で立地評価や影響評価を行うか,選定された火山事象について,どのようにその影響を評価するかという点があるが,これらの点についても,火山影響評価ガイドはSSG‐21に整合していない。

以下,具体的に述べる。

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 3 立地評価の方法

(1) 個々の火山に限定するのは狭すぎること

「考え方の要旨」1(甲369の233p)によれば,立地評価における火山の抽出は,個々の火山であって,火山弧の抽出ではないとされるが,個々の火山だけに評価方法を限定してしまうのは狭きに失する。

「考え方」が述べるとおり同一のマグマ供給系の火山活動期間は,数十万年から100万年程度である。これは,SSG‐21で考慮されている1000万年という期間からすれば10分の1以下の短さである。すなわち,1000万年に1回以下という低頻度の火山事象まで考慮するならば,単にこれまで活動したことのある火山が繰り返し活動することを考えるだけでは足りず,少なくとも同一の火山弧内の火山フロント[141]より大陸側で,より敷地に近い位置に新しい火山が誕生し活動することまで考慮する必要がある。

また,火山には単成火山と複成火山という分類がある。複成火山が同じ火口から何度も噴火を繰り返して,大きな火山体を成長させるタイプの火山であるのに対し,単成火山は,いったん噴火して火山を生じた後,二度と同じ火口から噴火しないという性質を持つタイプの火山をいう。しかし,単成火山は,例えば東伊豆単成火山群でみられるように,ある狭い地域に群れをなして存在することが多く,単成火山群に属するひとつひとつの火山は1度噴火した後に活動しなくなるが,単成火山群全体として見た場合には,次々と別の場所で噴火をおこし,新しい単成火山をつくることを繰り返す。

【伊豆半島ジオパークホームページ 4.生きている伊豆の大地[142]】 【図省略】

このような場合には,単成火山一つだけを取り上げて,将来の活動可能性がないといえるかどうかを評価しても意味がなく,単成火山群全体として将来の活動可能性を評価しなければ,「災害の防止上支障がない」という法の委任の趣旨に反することとなる。

また,SSG‐21も,2.7において,「地理的領域内における火山活動は,個々の火山に関連する活動よりも長い時間スケールで持続しうる。多くの火山弧が10Ma以上にわたる火山活動を繰り返しているが,火山弧内の個々の火山自体は1Ma程度しか活動を維持できない」として,火山弧も影響評価に含めることを当然の前提としている。

[141] 火山は海溝にほぼ平行に分布することとなるが,この火山分布の海溝側の境界を画する線を火山フロントという。気象庁ホームページ参照

[142] http://izugeopark.org/theme/subtheme4/

(2) 確立した国際基準に「明確な理由を示していない」と虚偽の論難

同「考え方の要旨」2によれば,SSG‐21が1000万年前から現在までに活動があった火山を抽出するとしているところ,その明確な理由を示していない,とされている。
しかしながら,これは明白な誤りである。SSG‐21は,2.7において,「多くの火山弧が10Ma以上にわたる火山活動を繰り返しているが,火山弧内の個々の火山自体は1Ma程度しか活動を維持できない。このように分散した活動は,数百万年間も継続する可能性があるため,過去10Maの間に火山活動があった地域は,将来の活動可能性を考慮すべきである」として,1000万年前を基準とする根拠を述べている。

一方,「考え方」は,SSG‐21と同様の1000万年という基準を採用しない根拠として,個々の火山の活動において,同一のマグマ供給系の火山活動期間は,数十万年から100万年程度と考えられていることを挙げ,それがあたかも日本の地域的特性であるかのように述べるが,SSG‐21も,個々の火山自体は100万年程度しか活動しないことを述べている。結局,「考え方」が1000万年という基準を採用しないのは,確立した国際基準に不合理に反しているものである。


 4 将来の活動可能性評価に関する国際基準違反

(1) 確率論的評価手法を採用していない点で不整合であること

「考え方の要旨」2及び3の部分(甲369[4 MB]の249p),すなわち,完新世に活動していない火山の将来の活動可能性をどのような手法で評価するかという部分はSSG‐21とは全く整合していない。上記「考え方の要旨」2及び3は,階段ダイヤグラム等を用いて「火山活動が終息する傾向が顕著」であり,かつ,「最後の活動終了から現在までの期間が,過去の最大休止期間より長い等」といった事情を「総合的に考慮」する,というものであるが,要するに,決定論的に将来の活動可能性を評価するという手法である。

これに対し,SSG‐21は,5.11において,「このステップでは,将来の火山事象の可能性に対する確率論的評価が用いられる」と述べており,決定論的手法については,あくまでも確率論的評価を基礎として,場合によって決定論的手法が使用できる場合があり得ると述べているのである。「考え方」はSSG‐21と比較してあまりにも安全を軽視しているというほかない。

(2) 十分な証拠がない限り将来の活動可能性を否定してはならないという原則

また,SSG‐21において,決定論的手法は,5.15にあるように,「(将来の活動可能性を否定できるという)結論を担保する十分な証拠がある場合には,それ以上の検討は不要」であるが,逆に,「十分な証拠がない」場合には,将来の活動可能性を否定できないとしてステージ3へ進む,とされている。

これに対し,「考え方」は,「総合的に考慮する」とするのみで,SSG‐21が採用する「十分な証拠がない限り,決定論的手法で将来の活動可能性を否定してはならない」という原則を採用していない。この点でも,明らかに「考え方」はSSG‐21と整合していない。

(3) 疑わしきは安全のために

SSG‐21は,5.9において,完新世に活動があったかどうかの判断に関して,専門家の意見が異なったり,顕著な不確実性が見受けられる場合について,「安全性の観点」から,完新世に活動があったものとすべきとしている。

これは「疑わしきは安全のために」という基本理念を明示したものといえるが,「考え方」にはそのような記載はない。「考え方」の最も根本的な問題点は,このような基本理念を採用していない点であり,基本理念を採用していない以上,「整合する」などと評価できるはずがない。

(4) 最大休止期間によって安易に将来の活動可能性を否定してはならないこと

上記「考え方の要旨」2記載のとおり原子力規制委員会は,特定の火山について,「火山活動が終息する傾向が顕著で,最後の活動終了から現在までの期間が,過去の最大休止期間より長い等過去の火山活動の調査結果を総合的に考慮し」て将来の活動可能性を判断するとしている。

しかし,この評価方法は,SSG‐21と比較してあまりにも非保守的なものというほかない。SSG‐21は,5.10において,過去200万年の間に噴火記録が残っていれば,原則として将来の活動可能性があると考えるべきことを指摘している。分散した火山域や,活動的でないカルデラの場合には,さらに古く,500万年の間に活動していれば,将来の活動可能性が残っているとする。もう一つ,5.14において重要なのは,前期更新世よりも古い時期の時間と量の関係から,明らかな減衰傾向と明白な休止が明らかになる場合があるとしている点である。ここでいう,前期更新世とは,一般に,約258万年前から約78万年前の時期をいうが,SSG‐21は,あくまでもそれくらいのスケールで減衰傾向や休止が認められない限り,活動可能性を否定してはならないと述べているのである。

一方,火山影響評価ガイドには何一つそのような限定はなく,例えば,13万年前と8万年前に活動した火山であれば,最後の活動終了から現在までの期間である8万年が,最大活動休止期間である5万年よりも長いことから,将来の活動可能性が否定されるという運用が現にされている。そればかりか,1度の活動しか確認されていない火山について,安易に将来の活動可能性を否定するような運用がされている。このような審査のあり方は,確立された国際基準であるSSG‐21に反する。

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 5 川内即時抗告審決定によっても立地評価に係るガイドの合理性は否定されていること

(1) 火山影響評価ガイド及び「考え方」における立地評価,とりわけ個別評価と事後的な監視に関する部分は,個々の火山について,将来の活動可能性が十分に小さいといえるかどうかを的確に予測できることを前提としている。

しかし,現在の火山学の水準では,原発の運用期間中に検討対象火山が噴火する可能性やその時期・規模を的確に予測することは困難であり,火山影響評価ガイド及び「考え方」は不合理である。

(2) この点に関して,川内原発仮処分申立却下決定に対する即時抗告事件において,福岡高裁宮崎支部2016年4月6日決定(以下「川内即時抗告審決定」という。)は以下のように判示している[143]

「立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,原子力発電所にとって設計対応不可能な火山事象が当該原子力発電所の運用期間中に到達する可能性の大小をもって立地の適不適の判断基準とするものであり,しかも,上記の可能性が十分小さいとして立地不適とされない場合であっても,噴火可能性につながるモニタリング結果が観測された(火山活動の兆候を把握した)ときには,原子炉の停止,適切な核燃料の搬出等の実施を含む対処を行うものとしていることからすると,地球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提とするものであるということができる」

「最新の知見によっても噴火の時期及び規模についての的確な予測は困難な状況にあり,VEI6以上の巨大噴火についてみても,中・長期的な噴火予測の手法は確立しておらず,何らかの前駆現象が発生する可能性が高いことまでは承認されているものの,どのような前駆現象がどのくらい前に発生するのかについては明らかではなく,何らかの異常現象が検知されたとしても,それがいつ,どの程度の規模の噴火に至るのか,それとも定常状態からのゆらぎに過ぎないのかを的確に判断するに足りる理論や技術的手法を持ち合わせていないというのが,火山学に関する少なくとも現時点における科学技術水準であると認められる」

「そうであるとすれば,現在の科学技術的知見をもってしても,原子力発電所の運用期間中に検討対象火山が噴火する可能性やその時期及び規模を的確に予測することは困難であるといわざるを得ないから,立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,少なくとも地球物理学的及び地球化学的調査等によって検討対象火山の噴火の時期及び規模が相当前の時点で的確に予測できることを前提としている点において,その内容が不合理であるといわざるを得ない」(同決定217~218頁)

[143] 伊方原発3号機に係る2017年3月30日広島地裁決定も同旨

(3) このように,火山影響評価ガイドにおける立地評価,とりわけ対象検討火山の個別評価と事後的な監視に関する部分は,裁判所によって明確に不合理であるとされている点であり,「考え方」もまた不合理なものというほかない。

(4) なお,この点についての田中委員長の発言も,迷走しているというほかない。

田中委員長は,2014年11月5日の定例記者会見において,巨大噴火については予測ができないという前提で火山影響評価ガイドを見直すべき旨の前記火山学会の提言につき,「石原さんが勝手に言っただけでしょう」と述べ、姶良カルデラからの火山灰層厚の過小評価を記者から指摘されると,「とんでもないことが起こるかも知れないということを平気で言わないで,それこそ火山学会を挙げて必死になって夜も寝ないで観測をして,我が国のための国民のために頑張ってもらわないと困るんだよ」と予測が困難であることを認め,また,予測ができない現状にあるのは火山学者の怠慢であるかのような発言をしている。

さらに,記者からの「3ヶ月前では原子炉はどうしようもならないでしょう。使用済み核燃料が」という追及に対し,「3ヶ月前ということが分かれば,3ヶ月前にすぐ止めて,その準備をして,容器に少しずつ入れて遠くに運べばできますよ,それは」「(3ヶ月で全部)できると思いますよ」と明らかに誤った回答をしている[144]

[144] 2014年11月5日原子力規制委員会記者会見録2~4頁。
なお,3か月で核燃料をすべて搬出できるという発言については,即日撤回されている。
https://www.nsr.go.jp/data/000068841.pdf

(5) 過去に設計対応不可能な火山事象が到達している場合について

川内即時抗告審決定は,前記1に続けて,過去に設計対応不可能な火山事象が到達している場合の立地評価の考え方について,次のように判示している。

「立地評価は,そもそも設計対応不可能な事象の到達,すなわち,いかなる設計対応によっても発電用原子炉施設の安全性を確保することが不可能な事態の発生を基準とするものであって,その評価を誤った場合には,いかに多重防護の観点からの重大事故等対策を尽くしたとしても,その危険が現実化した場合に重大事故等を避けることはできず,しかも,火山事象の場合,その規模及び態様等からして,これによってもたらされる重大事故等の規模及びこれによる被害の大きさは著しく重大かつ深刻なものとなることが容易に推認される。このような観点からしても,立地評価に関する火山影響評価ガイドの定めは,発電用原子炉施設の安全性を確保するための基準として,その内容が不合理であるというべきである。そして,発電用原子炉施設の安全性確保のために立地評価を行う趣旨からすれば,火山噴火の時期及び規模を的確に予測することが困難であるという現在の科学技術水準の下においては,少なくとも過去の最大規模の噴火により設計対応不可能な火山事象が原子力発電所に到達したと考えられる火山が当該発電用原子炉施設の地理的領域に存在する場合には,原則として立地不適とすべきであると考えられる」(同決定218~219頁)

万が一にも設計対応不可能な火山事象が原発施設に到達した場合の被害の深刻さを前提として,最新の火山学によってもそのような規模の噴火を的確に予測することが困難であることからすれば,立地評価としては,この決定がいうように,過去に設計対応不可能な火山事象が到達していれば,立地不適と解するべきであり,そのように解さない「考え方」は不合理である。


 6 大規模噴火の予測に関する火山学者の発言等

これまでも度々触れてきたとおり特に,大規模噴火の予測に係る火山影響評価ガイドの規定や適合性審査の在り方については,多くの火山学者からの批判がなされている。甲369[4 MB]の247p以下で挙げたのは,そのうち代表的なものである。

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 7 降下火砕物による影響

(1) 降下火砕物の影響評価を考える前提として,まず,降下火砕物により,一般的にどのような影響が生じるかを確認しておく。

道路への影響に関しては,甲369[4 MB]の265p図表1のとおり,降雨時にはわずか5mmの降灰で,降雨時ではなくても5cmの降灰で道路は通行不能となると想定されている[145]

また,わずか6mmの降灰によって自動車のエンジンが故障した例も報告されており,15cmもの降灰があれば,可搬型の発電機等をはじめ,吸気系設備をもった機関は軒並み機能喪失する可能性が高く,道路も通行不能となる。

歩行については,例えば1929年の阿蘇の噴火について「人畜の歩行困難を極め山麓の色見村の如きは全然歩行も外出もできず」,1991年の雲仙の噴火について「南千本木,本光寺町などでは,大量の降灰があり,一時は1m先も見えないほどだった」,1978年の有珠の噴火について「水を含んだ灰はヘドロのように重みを増して思うように流れず,こびりついてしまうため,時にはスコップで削り取らなければならないほど」等の報告もあり[146],降灰時に十分な作業が行えるかどうか,安全側に立った保守的な判断がなされなければならない。

[145] 気象庁『降灰の影響及び対策』

[146] 須藤茂『降下火山灰災害‐新聞報道資料から得られる情報』地質ニュース604号(2004年12月)44~45頁

(2) 次に,電力への影響に関しては,同266p図表2のとおり,降雨時に1cm以上の降灰がある範囲では停電が起こり,その被害率は18%とされている。また,湿った火山灰が柱状トランスなどに付着すると地絡[147]を生じるのであり(1mmの降灰の場合),このような現象が複数の箇所で同時多発的に起こることにより,容易に外部電源の喪失に至り得る。

[147] 一般には,電気を大地に逃がすためにつなぐアースのことをいい,火山灰が高圧電線に設置されている絶縁体に付着することにより,電気が流れて大地に逃げてしまい,送電が行えなくなる現象を指す。

(3) 決定論的手法におけるパラメータの不確実性について

「考え方の要旨」1(甲369[4 MB]の264p)によれば,地理的領域外の火山に由来する降下火砕物の堆積量の設定は,原発又はその周辺で確認された降下火砕物の最大堆積量を基に評価するとされている。

しかしながら,これはSSG‐21の基準に反するというほかない。「考え方」も認めるとおり,降下火砕物は最も広範囲に影響の及ぶ火山事象であり,前記のとおり,ごくわずかな堆積でも,原発の通常運転を妨げる可能性がある。

だからこそ,降下火砕物については地理的領域外の火山も評価の対象に含めているのであり,地理的領域外の火山と地理的領域内の火山とで,評価方法を別異に扱う合理性はない。SSG‐21も,地理的領域内と地理的領域外の火山による影響評価について書き分けていない。また,SSG‐21は,降下火砕物の影響評価についても,決定論的手法のほか,確率論的手法を用いることを求めている(SSG‐21・6.3)。このようにSSG‐21は,決定論的手法においても,個々のパラメータの不確実性を考慮することを求めており,確率論的手法も求めている。にもかかわらず,「考え方」は,原発又はその周辺で確認された降下火砕物の最大堆積量だけを考慮すれば足りるかのような基準となっており,確立された国際的な基準を踏まえたとは到底言えない未熟なものになっている。


 8 非常用ディーゼル発電機への影響

(1) 降下火砕物の影響評価において極めて重要な問題の一つに,火山影響評価ガイド6.1.(a)③換気空調系統のフィルタの目詰まり及び非常用ディーゼル発電機の損傷等による系統・機器の機能を喪失しないこと,並びに,中央制御室における居住環境を維持すること,という問題がある。特に,非常用ディーゼル発電機は,火山現象によって外部電源が失われた際に,原子炉を冷やすための命綱であって,これが機能喪失した場合には,全電源を喪失して炉心溶融に至る可能性も生じ得る。

(2) 従来,多くの原発においては,非常用ディーゼル発電機等の吸気フィルタが目詰まりを起こすか否かを確認するために想定する大気中火山灰濃度について,アイスランド共和国で2010年に発生したエイヤフィヤトラ・ヨークトル氷河の噴火の際のデータである3,241μg/m3(約3mg/m3)が用いられてきた。しかし,3,241μg/m3という値は,最初の大規模噴火があった4月14日から2か月以上,最後の噴火からも3週間以上経過した,7月2日に観測された再飛散値であったことが分かっている[148]。さらに,これはPM10(粒径が10μm以下の浮遊粒子)を測定するための機械で測定されたものであることも文献から明らかになっており,火山灰全体の濃度を把握したものでは全くない。

結局,原子力規制委員会は,2016年10月26日の発表で,この数値が過小評価であったことを認めている。このように原規委の火山についての適合性審査が,全く安全を確保できる内容になっていないことが明らかになっている。

[148] Iceland Status Reports 2 July 2010, Eyjafjallajokull volcanic eruption

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◆原告第39準備書面
第9 津波(甲369の210~219p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第9 津波(甲369の210~219p)
1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点
2 基準津波の想定
3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと


第9 津波(甲369の210~219p)


 1 津波対策に関する「考え方」の基本的な問題点

(1) 実用発電用原子炉に係る新規制基準及びその考え方は,2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震及びそれに付随して発生した津波に関する検証を通じて得られた教訓等を十分に踏まえておらず,原子炉の安全を確保すべき規制基準として不十分なものである。

(2) また,新規制基準は,基準自体として最低限確保されるべき水準が明確にされておらず,規制基準として不適当,不合理である。例えば,「基準津波」「重大事故等」「必要な機能が損なわれるおそれがない」といった文言の意味が明確に定義されておらず,審査機関の裁量により,任意に基準を引き下げて要件を充たすとの判断をすることが可能となっており,かかる基準は合理性を欠く。

(3) 新規制基準によっても,複合的な罹災に対する備えが不十分である。「考え方」に説明があるように,設計を超える事象(津波が防潮堤を越え敷地に流入する事象等)に対しても一定の耐性を付与するよう求めているが(①外殻防御1,②外殻防御2,③内郭防御),それらが現実的に機能することを前提にすべきではない。

例えば,防潮堤や取水・放水施設に大型航空機等が墜落した場合や沖合を航行する大型船舶が衝突するなどしてその機能を損なった場合の想定が何らなされていない。津波は数波に渡って到来することがある。ひとたび大型船舶が防潮堤前面に衝突して防潮堤が破壊された後に次の津波が到来した場合,安全性を確保することはできない。

(4) また,防潮堤・防波堤が想定される津波に対し機能を保持できるかどうかについては,未だ十分な知見がない。東北地方太平洋沖地震において,1200億円の巨費を投じ,最新技術にて2009年3月に完成したばかりの釜石港湾口防波堤は,津波により倒壊した。その原因としては,港外・港内の水位差,越流によって防波堤背面側が静水圧より10%程度小さくなったこと,目地部や越流による洗掘により,下部が不安定になったことなどが推測されているが,確定的な結論が導き出されているわけではない。予想される入力津波に対し,確実に耐えうる防潮堤・防波堤を設計・施工することは現在の技術水準では不可能なのである。「考え方」のような自然をコントロールできるという前提の発想が,そもそもの誤りである。

現在の津波に対する防潮堤の耐力計算については、甲369の213pに指摘されているとおり,幾つもの問題点が挙げられるが,新規制基準は何らこれに応えるものとはなっていない。

(5) 以上のとおり,現時点における防潮堤・防波堤等の構造物の耐力計算は,実際の地震において発生し得る様々な事象を考慮したものではない。

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 2 基準津波の想定

(1) 「考え方」5‐3‐4では,新規制基準策定前後,すなわち福島第一原発事故発生前後の「津波対策を講ずる基準となる津波の想定」について説明がある。

新規制基準策定以前においても,津波の想定は,設計基準対象施設の供用期間中に「極めてまれではあるが発生する可能性があると想定することが適切な津波」を想定した上で,具体的な津波対策をすることとされていた。

この想定津波の定義は,非常に大きな津波の想定を求めていることは明らかである。ではなぜ,それにもかかわらず,福島第一原発事故を防げなかったのであろうか。その理由については複数の事故調査報告書でも詳細に検討されているが,「考え方」を読むと,国会事故調等で指摘されている事故前の津波想定の問題点の記述が一切ない。また,新規制基準における津波の想定についても,国会事故調等の指摘する問題点の防止対策は何ら含まれていないといわざるを得ない。このような観点からも,新規制基準は不合理である。

(2) 上記「考え方」5‐3‐5については,まず,「基準津波を超えると,即座に安全機能は喪失」するか,という問題設定が不適切である。基準津波の定義は,原子力施設から離れた沿岸部の一点における評価に過ぎない。敷地に直接影響があるのは入力津波である。また,「即座に」という表現は,時間的な概念が入るため,安全機能の喪失という問題を不明瞭にしてしまう。そうであれば,問題設定としては,「入力津波を超えると,安全機能は喪失するか」とするのが妥当というべきである。

(3) 基準津波の策定方法も不合理である。「考え方」によれば,基準津波の策定にあたっては,まず,津波の発生要因について検討がされる。その中でも地震現象が大きな要因になるといえるが,地震については,東北地方太平洋沖地震においてそもそも大地震の予測が現在の科学技術水準ではほとんどできないということが明らかとなったように,発生要因について適切に抽出することは極めて困難である。

そして,「考え方」では,基準津波は,敷地前面海域の海底地形の特徴を踏まえ,施設からの反射波の影響が微少となるよう,施設から離れた沿岸域で設定され,時刻歴波形として示されたものであるとされる。

しかし,敷地前面海域の海底地形については,正確な測量のされていないところも多い。加えて,地震により,敷地前面海域の海底地形が隆起し,沈降するなどの変化を生じる可能性があることを看過している。

また,施設からの反射波の影響が微少となるように設定することは,おそらくはシミュレーション計算を実施する上での必要性からの設定と思われるが,かかる限定を付することにより,施設近傍を波源とする津波が施設からの反射波と相俟って施設に重大な影響を及ぼすおそれのある想定外の津波となる可能性を排除するものであり,不合理である。

(4) また,新規制基準では,考えられる様々な波源を基に津波対策上の十分な裕度を含めるため,基準津波の策定に及ぼす影響が大きいと考えられる波源特性の不確かさの要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)及びその大きさの程度及びそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさを十分に踏まえた上で,適切な手法を用いて基準津波を策定するとしている。
しかし,断層と将来そこで発生する地震及び津波に関して得られた知見は未だ不十分である[133]。何をもって「不確かさを十分踏まえた適切な手法」と言えるのか,基準とすべきものがほとんどない中で,かように曖昧な規制基準では厳しい審査が行われるとは到底期待できない。

東北地方太平洋沖地震において明らかとなったことは,現在の科学技術では,世界一地震調査が進んでいたはずの東北地方太平洋沖の日本海溝沿いの領域で,マグニチュード9の地震が発生し得ることも,最大すべり量が50mを越えるような領域が発生し得ることも,ほとんど予測できなかったということである。しかも,東北地方太平洋沖地震は,実はわずかに600年に1回程度の地震であり,原子力の世界で考えなければならない1万年から1000万年に1回というスケールから見れば,ごくごく当たり前に想定できなければならないものである。
新規制基準はこのような厳然たる事実を踏まえていない。

[133] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「波源断層を特性化した津波の予測手法(津波レシピ)」3頁

(5) さらに,入力津波の数値計算は,現在の技術水準では,未だその正確性は不十分であり,妥当性を確認する方法はない。すなわち,妥当性を確認した数値計算を用いて適切に評価することは不可能である。

(6) 新規制基準では,実際に原子力施設に襲来する可能性のある津波について,まず,沿岸部のある地点の基準津波を求め,そこから各施設に対する入力津波を求めるという方法をとっている。しかし,そもそも,地震のような津波発生要因については,抽出がほぼ不可能,あるいは極めて困難であるといわざるを得ない。また,波源特性の不確かさの要因として挙げる各要因(断層の位置,長さ,幅,走向,傾斜角,すべり量,すべり角,すべり分布,破壊開始点及び破壊伝播速度等)等については,定量的な把握が極めて困難であることから恣意的な設定がされる可能性は排除することができず,どれだけ新規制基準において「不確かさを踏まえた上で」としたところで不確かさの上に不確かさを重ねて考慮することは,およそ妥当性のある津波対策をすることは困難である。そして,基準津波は,沿岸部でのある地点でのものに過ぎず,かつ,入力津波の算出では,基準津波をもとに,さらに不確実な要素を含む計算を加えて算出されるのであるから,より一層不確実性が増加するといわざるを得ない。


 3 東京大学地震研究所教授の纐纈一起氏の「原発のように重要なものは世界中の既往最大の地震や津波に備えるしかない」という見解を,結局規制委員会も否定できていないこと[134]

「考え方」5-3-6(甲369の220p参照)の記載は纐纈教授の上記見解を受けてのものと思われるが、「考え方」は設問もその回答もこの纐纈教授の真意をまったく理解していないか,あるいは意図的に問題をすりかえるものである。このような思考様式の者が日本の規制機関を担っていることには著しい不安を覚える。まず,世界最大の既往津波といっても,纐纈教授が挙げるのは2004年スマトラ島沖地震の津波であり,わずか10数年前の出来事に過ぎない。原子力の世界で想定しなければならない自然現象は,1万年に1回から1000万年に1回という極めて低頻度の巨大事象であるが,そのようなタイムスケールでの津波のデータは存在しないのであるから,世界の巨大事象を参考に対策するというのは,きわめて理に適った方法である。

スマトラ島沖地震の際には10mに達する津波が数回にわたり押し寄せ,最大波高は30mを超えている。そのような大津波に対して防潮堤で備えるということが果たして適切かどうかは分からないが,日本はプレート境界に極めて近い位置に位置し,地震発生確率が大きいことを踏まえるならば,全国どの原発においても,少なくともスマトラ島沖地震の津波くらいには何らかの方法で備えておくべきである。

[134] 大木聖子,纐纈一起『超巨大地震に迫る日本列島で何が起きているのか』NHK出版2011年135頁
〈KEY PERSON INTERVIEW〉 震災で科学の限界痛感――東京大学地震研究所教授・纐纈一起さん(55)毎日新聞2011.8.13
岡田義光・纐纈一起・島崎邦彦「〔座談会〕地震の予測と対策:「想定」をどのように活かすのか」(「科学」2012年6月号)

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◆原告第39準備書面
第8 地震(甲369の168~209p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第8 地震(甲369の168~209p)
1 地震対策の規制の経緯とその誤り
2 その理由:地震の科学の限界
3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった
4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと
5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用
6 応答スペクトルに基づく地震動評価
7 断層モデルを用いた手法による地震動評価
8 震源を特定せず策定する地震動
9 「安全余裕」について


第8 地震(甲369の168~209p)


 1 地震対策の規制の経緯とその誤り

歴史的に見て,日本の原子力の地震対策の規制は,極めて杜撰なものであった。

福島第一原発の原子炉設置許可申請がなされた1966~1971年当時は,安全規制のための耐震設計基準がなく,安全機能が保持されることを確認するための地震動(機能保持検討用地震動)は事業者が独自に設定し,経験主義的に審査された。福島第一原発の耐震設計の基準とする地震動の最大加速度は,建設時は265ガルに過ぎなかった[87]。1970年頃には日本でも広く適用されるようになった「プレートテクトニクス理論」によれば,起こり得る大地震による地震動が265ガルを大幅に超える可能性が高いことは予想できたはずであるが,原子力関係者は最新知見を取り入れようとしなかった。

1978年にようやく定められた「耐震設計審査指針」(旧指針)では,基本方針として,「発電用原子炉施設は想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分な耐震性を有していなければならない」とされた。つまり,どんな地震が来ても大事故を起こさない原発を設計することが基本的な規制要求とされたのである。しかし,例えば福島第一原子力発電所については,S1‐Dが180ガル,S2‐Dが270ガル,S2‐Nが370ガルとなったが,現在の水準からすれば依然として著しく低いままであった。

1995年の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)によって,耐震工学に対する国民の不信感が一挙に高まり,原発も地震で損傷するのではないかという不安が増大した。安全委員会は旧指針の改訂になかなか着手しなかったが,2001年7月に耐震指針検討分科会が設置され,5年以上の調査審議を要し,2006年9月に新たな「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針」(新指針)が安全委員会で正式決定された。新指針ではS1とS2が統合された基準地震動Ssが登場し,これが「施設の供用期間中に極めてまれではあるが発生する可能性があり,施設に大きな影響を与えるおそれがあると想定することが適切な地震動」と定義されたが,基準地震動への影響は小さかった。

国会事故調では,耐震設計審査指針改訂の過程において電気事業者が不適切に関与したことが指摘されており,規制当局が東電・電事連の「虜(とりこ)」となっていたことを認定する重要な根拠となっている[88]

このように,日本の原発では段階的に基準地震動を引き上げて来ているが,震災や国民世論を背景とする場当たり的なものにすぎず,以後は万が一にも深刻な事故を起こさないと真摯に考えるならば,抜本的な基準の見直しが必要である。
現在なされているような弥縫策的な基準地震動の策定は科学的知見に反し,不合理であり,また今日における社会通念にも反するものである。

現に,新規制基準策定前において,日本の20箇所に満たない原発のうち,観測された最大地震加速度が設計上想定された地震加速度を超過する事例は,過去約10年間で少なくとも以下の5ケースに及んでいる[89](関連訴訟の判決でも言及されている公知の事実である)。

旧指針の基準地震動S2は,「起こり得る最強の揺れ」を超えるおよそ現実的でない地震とされており,新指針策定後の各原子力事業者は基準地震動Ssの年超過確率を多くの場合1万年に1回から100万年に1回程度としていた90が,上記のような超過事実からしてこれらの評価に重大な誤りがあることは明白となった。このような超過頻度は異常であり,超過確率を1万年に1回未満として設定している欧州主要国と比べても,著しく非保守的である実態が実証されている[91][92]。しかし,基準地震動策定に係る新規制基準は,新指針からの実質的な変更は見られない。

[87] 「国会事故調報告書」(WEB版)63頁

[88] 「国会事故調報告書」(WEB版)(WEB版)506頁
また,添田孝史「耐震規制の『落としどころ』をにぎっていた電力会社‐東電事故につながるバックチェック先延ばしを開示文書から探る」(「科学」2017年4月号)359頁には,新指針の原案作成に電力会社が全面的関与をしていた実態等が記載されている。

[89] ここでは,国会事故調報告書にならい,少なくとも5ケースとしたが,2011年3月11日福島第二原発,同日東海第二原発,同年4月7日女川原発でも基準地震動を上回る地震動が観測されている(原子力安全・保安院「平成23年東北地方太平洋沖地震の知見を考慮した原子力発電所の地震・津波の評価について~中間とりまとめ~」)。
さらに,2009年8月11日に発生した駿河湾の地震の際には,浜岡原発5号機で基準地震動S1の床応答スペクトルを上回っている。

[90] 例えば,福島第一原子力発電所も福島第二原子力発電所も,東北地方太平洋沖地震発生前は基準地震動Ssの超過確率は10-4~10-6/年とされていた(「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書-東京電力福島原子力発電所の事故について-」Ⅲ‐28,32
http://www.kantei.go.jp/jp/topics/2011/pdf/03-jishintsunami.pdf【リンク切れ】)。

[91] 「国会事故調報告書」(WEB版)203頁

[92] 耐震バックチェックの審査に委員として関わっていた信州大学の泉谷恭男氏は,基準地震動をここ10年で4回(東北地方太平洋沖地震を1回と見ている。)超過したことについて,「事情を知りさえすれば当たり前のこと」と述べ,「基準地震動は科学的真理などではなく原発審査のための『割り切り』というに過ぎない」等と指摘している(浜田信生「『原発の基準地震動と超過確率』に関連して考えたこと」(日本地震学会ニュースレターVol.25No.4)
http://www.zisin.jp/modules/pico/index.php?content_id=2818 【リンク切れ】)。


 2 その理由:地震の科学の限界

地震は岩盤の破壊現象であり,原理的に予測することは極めて困難である。また地震は地下深くで起こる現象であり,その発生の機序の分析は仮説や推測に依拠せざるを得ないのであって,仮説の検証も実験という手法がとれない以上過去のデータに頼らざるを得ない。しかし,大規模な地震の発生頻度は必ずしも高いものではない上に正確な記録は近時のものに限られている[93]

かつては重力加速度である980ガルを超える揺れは起きないというのが地震の専門家の間の通念であったが,1995年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)を契機として日本の地震動観測網が整備され始めると,1000ガルを越えるような揺れが次々と観測されるようになった。特に2004年新潟県中越沖地震では柏崎刈羽原発1号機で1699ガル(解放基盤表面)[94],2008年岩手・宮城内陸地震ではKiK-net観測点IWTH25(一関西)の地表の三成分合成値として4022ガル[95]という極めて大きな地震動が観測され,関係者を驚愕させた。

また,世界全体ではM9を超える地震が時々発生していたにもかかわらず,2011年東北地方太平洋沖地震が起きるまで,日本の多くの地震学者は,日本海溝はプレートの固着が弱く,M9級の地震がないと言える地域性があると思い込んでいた。現在は,東北地方太平洋沖地震は600年に1回程度の地震とされている[96]

このように近年の地震観測は,「想定外」の繰り返しである。また,東北地方太平洋沖地震によって,600年に1回程度の地震を「想定外」にしてしまうのが地震の科学の実力であり,近年の地震観測だけで「大地震が起きない地域性がある」等と考えると甚大な被害を生むおそれがあることが明らかとなった。

以上のとおり現在の地震学・地震工学は,大地震の予測の力は明らかに不十分であり,原子力発電所の耐震安全性確保に必要な信頼性を備えているとは言えない。

設置許可基準規則の解釈別記2第4条5項柱書には,「『基準地震動』は,最新の科学的・技術的知見を踏まえ,敷地及び敷地周辺の地質・地質構造,地盤構造並びに地震活動性等の地震学及び地震工学的見地から想定することが適切なもの」と規定されているが,前述のような地震の科学の限界からして,どの程度の地震動を想定するのが適切であるのか,科学的に確定させることは不可能であり,「地震学…的見地から想定することが適切なもの」を策定するには,最低限,最も保守的・批判的見解を有する地震学者の知見を踏まえ,既往最大のものを前提としなければならない。

[93] 福井地裁平成26年5月21日大飯原発3・4号機運転差止判決44頁

[94] 東京電力「柏崎刈羽原子力発電所に耐震安全性向上の取り組み状況」3頁

[95] 防災科学技術研究所「平成20年(2008年)岩手・宮城内陸地震において記録されたきわめて大きな強震動について」
なお,同観測点では地中南北動でも1036ガルという地震動が観測されている。
KiKnet地中観測記録について,電力会社では一般に,それを2倍にしたものをはぎとり波相当とみる簡易な検討を行っている。

[96] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価(第二版)について」(平成23年11月25日公表)において平均発生間隔が600年程度とされている。

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 3 具体的な基準は合理的な理由なく,時間切れというだけで作られなかった

新規制基準を検討する過程では,前記のような地震の科学の限界を踏まえた基準の抜本的な見直しについて提案されていた。

防災科学技術研究所社会防災システム研究領域長(当時)の藤原広行氏は,「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第5回会合において,不確定さの考慮に関する書面[97]を提出している(甲369の179p以下)。藤原氏は,この書面に基づき,「単に現象がばらついているということだけでなくて,我々の認識が足りないところ,あるいは方法論としてもまだ不成熟で足りないところ,色んなタイプの不確かさ」を考慮する必要性や,安全目標と関連づけた定量的な基準の必要性を訴えた[98]

以上の藤原氏の提言について,同チームに参加していた釜江克宏氏(地震工学)は「今,藤原委員からの話は,ほとんどの部分が同調できる」と述べ,高田毅士氏(建築構造)も「藤原さんの御意見に賛同するところが非常に多い」と述べており,異論らしい異論はなかった。

その後も藤原氏は,同チームで幾度か同様の主張を繰り返したが,結局藤原氏のこの提案は,新規制基準において採用されず,具体的・定量的な基準は策定されなかった。

とりわけ,原子力規制庁の櫻田道夫審議官からは「新規制への適用については,各社,いろいろ準備されていて,施行後,直ちに色んな申請が来る」、「それをもう直ちに対応しなければならないと,こういうような事情がございます」等と告げられ,藤原氏の最後の訴えも却下された[99]。もちろん,かかる理由による基準の不策定は,誰がどう見ても不合理である。

本来であれば,適合性審査の開始日を延期してでも,安全目標に沿った具体的な審査基準を策定すべきであったが,原子力規制委員会は,旧規制機関と同様,電力会社の圧力に屈し,電力会社の申請や原発再稼働を優先し,災害の防止上支障がないと言える具体的な審査基準を策定する責務を怠った。

[97] 「震基4-2新安全設計基準(骨子素案)に関するメモ」

[98] 発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム第5回会合議事録30,34,49頁

[99] 「発電用軽水型原子炉の地震・津波に関わる新規制基準に関する検討チーム第13回会合議事録」47~50頁


 4 規制上の要求事項は曖昧であり,原発への規制として合理性を欠くこと

設置許可基準規則3条,4条,38条,39条から分かるとおり,地震対策に係る規制上の要求事項の基礎として基準地震動が位置づけられる。このことは,事業者にとって基準地震動の設定が原発耐震設計の出発点であることをも意味する。しかし,基準地震動の引き上げはその後の多くの手続に影響してコストの増加に直結することから,事業者は,対外的には最大の揺れを考慮していると言いながら,内実は1ガルでも引き上げを抑制すべく,前記2の地震の科学の限界を自身に都合良く解釈することが常態化している。

設置許可基準規則の解釈において,具体的にどの程度厳しい基準地震動を申請者に要求するのかということに係る規定はない。これでは,基準地震動を可能な限り小さく止めようとする事業者を厳しく規制するのはほとんど不可能である。


 5 国際的に確立されたIAEA・SSG‐9の不採用

IAEA安全基準シリーズにおいて地震動について規定している最新のものは“Seismic Hazards in Site Evaluation for Nuclear Installations”(訳:「各施設のサイト評価における地震ハザード」)(Specific Safety Guide No.SSG-9)(以下「SSG‐9」という。)である。

SSG‐9は,「5.1地震動ハザードは,確率論的及び決定論的地震ハザード解析手法の両方によって評価することが望ましい」[100]とした上で,確率論的評価においても決定論的評価においても,最大潜在マグニチュード(“max potentialmagnitude”)を評価することを要求している。だが/新規制基準では確率論的評価も最大潜在マグニチュードの評価も求めていない/。その結果,内陸地殻内地震については評価対象となる震源から発生する平均的な地震規模が前提となり,プレート境界地震や海洋プレート内地震については曖昧な根拠によって地震規模が設定されることとなっている。

また,SSG‐9では地震ハザードについて第三者の専門家グループによるピアレビューの実施が規定されている[101]が,日本では基準地震動に係るピアレビューは実施されていない。特に原子力規制委員会・規制庁には強震動についての専門性に疑問が呈されている状況[102]からしても,地震動に係るピアレビューの実施は不可欠である。

これらの確立した国際慣行を無視する規制基準や規制実務は,原子炉等規制法2条の明文に反するものであり,本件原発の具体的危険性を根拠づけるものである。

[100] “5.1 The ground motion hazard should preferably be evaluated by using both probabilistic anddeterministic methods of seismic hazard analysis.”
なお,第1回発電用原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チームでは,同規定につき,「地震動ハザードは,地震ハザード解析の決定論的方法か確率論的方法のいずれかを用いて評価すべきである」と訳された資料が配布されていたが,明らかな誤訳である(「国内外の地震・津波関係基準及び東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故を踏まえた各事故調等の主な指摘事項(耐震関係基準の内容に関するもの)」8頁参照)。

[101] SSG-9の11.18-11.20参照。

[102] 例えば,「『忘災』の原発列島揺れ過小評価を指摘島崎元規制委員長代理『過ち繰り返したくない』」(毎日新聞2014年7月21日記事)を参照

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 6 応答スペクトルに基づく地震動評価

(1) 事前の震源特定の困難さ

応答スペクトルに基づく地震動評価に限らず,「震源を特定して策定する地震動」は,事前に震源の位置と規模がある程度正確に予測できることが前提となっている。だが,現在の地震の科学技術の水準では,そもそもこの点の予測が非常に困難である。そのことを奇貨としてか,日本の原子力の世界では,基準地震動を小さく抑えるような震源設定が常態化していた。

内陸地殻内地震については,地震前の活断層の特定が重要になるが,近年のMw6.5以上の内陸地殻内地震[103]に限って見ても,2016年熊本地震のように事前に震源がある程度特定できていた例はむしろ稀であり,2000年鳥取県西部地震,2004年新潟県中越地震,2004年福岡県西方沖地震,2007年能登半島地震,2007年新潟県中越沖地震,2008年岩手・宮城内陸地震のように,事前に震源が十分に特定できなかったものがほとんどである。この中には,2007年能登半島地震や同年新潟県中越沖地震のように,基準地震動を超過した事例も存在する。

活断層の評価には解釈の余地があり得ることから,日本の原子力施設周辺では,あるはずの活断層が無視され,無視できない場合にはできるだけ短く「値切る」という異常な安全審査が行われてきた[104][105]。例えば,2011年福島県浜通り地震の際には,新指針下で活動性が否定されていた井戸沢断層が湯ノ岳断層と連動して活動し,湯ノ岳断層自体も事前に東京電力が評価していた長さよりもさらに長かったことが判明した[106]。これは,当時も今も変わらない,事前評価の限界と十分な「不確かさの考慮」がなされていない審査の実情を示すものである。

事前に震源を特定することの困難さへの弥縫策として,設置許可基準規則の解釈別記2第5項二号⑤では,「各種の不確かさ(震源断層の長さ,地震発生層の上端深さ・下端深さ,断層傾斜角,アスペリティの位置・大きさ,応力降下量,破壊開始点等の不確かさ,並びにそれらに係る考え方及び解釈の違いによる不確かさ)については,敷地における地震動評価に大きな影響を与えると考えられる支配的なパラメータについて分析した上で,必要に応じて不確かさを組み合わせるなど適切な手法を用いて考慮すること」と規定されているが,「不確かさの考慮」について何をどのようにどの程度考慮するのが「適切な手法」といえるのか指標となるべきものがほとんどない中,かように曖昧な規定では「不確かさの考慮」について厳しい審査が行われることは期待できない。

[103] 地震動ガイドⅠ.4.2.1〔解説〕では,Mw6.5以上の地震は,震源断層がほぼ地震発生層の厚さ全体に広がって地表付近に一部の痕跡が確認される地震に当たることになっている。

[104] 渡辺満久「活断層研究と地震被害軽減」(「日本の原子力発電と地球科学」)22頁

[105] 例えば,従前の安全審査では,伊方原発沖の中央構造線は無視され,島根原発近傍の鹿島(宍道)断層は短く評価されていた。

[106] 事前には19.5kmと評価されていたが,地震後のインバージョン解析では26kmと評価されている。原子力安全・保安院「福島第一原子力発電所及び福島第二原子力発電所の耐震安全性について」13頁,引間和人「2011年4月11日福島県浜通りの地震(Mj7.0)の震源過程」249頁参照。

(2) 経験式が有するばらつきの考慮のなさ

活断層から発生する内陸地殻内地震が検討用地震となっているケースでは,多くの場合,「応答スペクトルに基づく地震動評価」では松田式[107],「断層モデルを用いた手法による地震動評価」では入倉・三宅式[108]と呼ばれる,断層の長さ又は面積と地震規模を関連付ける経験式が用いられている。

だが,これらの経験式は,あくまで断層と地震規模との平均的関係を示すものに過ぎず,これらの経験式を予測に使う限り,地震規模の設定には一定の誤差が避けられない。

この点,地震動ガイドⅠ.3.2.3.には,「経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから,経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある」と規定されている。ところが,これまでの適合性審査において,原子力規制委員会が松田式や入倉・三宅式等の経験式が有するばらつきを考慮しているようには見受けられない。
これら入倉・三宅式の問題点については既に述べてきたとおりである。

[107] 松田時彦「活断層から発生する地震の規模と周期について」(「地震」第2輯第28巻)269~283頁

[108] 入倉孝次郎,三宅弘恵「シナリオ地震の強震動予測」(「地学雑誌」110(6))849~875頁

(3) 距離減衰式が有する不確かさ

「考え方」も述べるとおり本来であれば,敷地で得られた観測記録を統計分析して距離減衰式を作成することが「不確かさ」を低減させる理想的方法であるが,統計分析が可能な程に十分な観測データを得ている原発サイトは存在しない。女川原発で2005年宮城県沖地震の際に基準地震動を上回る地震動を観測した要因について,観測記録がそれまでの距離減衰式よりも大きい傾向にあることから,「宮城県沖近海のプレート境界に発生する地震の地域特性によるもの」とされている[109]が,観測記録が得られていないサイトでそのような特性を/事前に/考慮する方法については検討されていない。したがって,想定していなかった要因によって距離減衰式による予測を上回る地震動が原発敷地を襲うことは十二分にあり得る。

[109] 東北電力「女川原子力発電所における宮城県沖の地震時に取得されたデータの分析・評価および耐震安全性評価について(報告)の概要」

(4) 距離減衰式のばらつき(偶然的不確定性)

地震は多様で複雑な現象であり原理的に予測が難しい一方で,距離減衰式は少ないパラメータから平均的な地震動予測を行うものに過ぎず,大ざっぱな地震動評価しかできない。仮に事前に地震規模や断層の位置を正確に予測できていたとしても,地震動予測の精度としては少なくとも倍半分程度の誤差は不可避である。そのことは,/各距離減衰式の基のデータが倍半分を超えてばらついている/ことを見ても明らかである。

距離減衰式のばらつき・不確定性を認識論的不確定性と偶然的不確定性に分類し定量的に評価する考え方がある[110]。偶然的不確定性はデータが増えても低減させることができない本質的なばらつきで,採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもこれに含まれる[111]。距離減衰式は少ないパラメータしか扱わないため,そのばらつきには偶然的不確定性が寄与するところが大きい。

高度な安全性が要求される原発においては,低減させることができない不確定性は当然考慮されなければならない。SSG‐9にも,経験式ないし距離減衰式について偶然的不確定性の考慮が規定されている[112]

ところが,新規制基準には距離減衰式の偶然的不確定性の考慮を要求する明示的な規定がない。その結果,適合性審査では距離減衰式の偶然的不確定性が適切に考慮されておらず,これによる過小評価のおそれが十分にある。

[110] 例えば,内山泰生,翠川三郎「距離減衰式における地震間のばらつきを偶然的・認識論的不確定性に分離する試み」(「日本地震工学論文集」13.)37~51頁

[111] 山田雅行・先名重樹・藤原広之「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)105頁では,モデル化しない(できない)ことによって生じるばらつきを「偶発的バラツキ」としており,「認識論的不確定性」と対比する形で記載されている。また,下記防災科学技術研究所のホームページでは,偶然的不確定性について「採用しているモデル自体の現象説明能力が不十分であることに起因するものもここに含む」とされている。

[112] SSG-9の5.6,7.1(4)(5)を参照


 7 断層モデルを用いた手法による地震動評価

(1) 強震動に関する知見は不十分であること,およびレシピ改正の目的

地震本部地震調査委員会のレシピ冒頭には,「『誰がやっても同じ答えが得られる標準的な方法論』を確立すること」を目指してとりまとめられたものであり,「今後も修正を加え,改訂されていくことを前提としている」と明記されている[113]とおり,断層モデルを用いた地震動評価について,未だ標準的な方法論は確立していない。

さらに,地震本部地震調査委員会は,2016年12月9日付でレシピの「表現の誤り等を訂正」[114]し,その冒頭部分には以下の1段落が付け加わった。

ここに示すのは,最新の知見に基づき最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論であるが,断層とそこで将来生じる地震およびそれによってもたらされる強震動に関して得られた知見は未だ十分とは言えないことから,特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合には,その点に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上で震源断層を設定することが望ましい。

ここで,レシピは「最新の知見」ではあるものの「最もあり得る地震と強震動を評価するための方法論」に過ぎず,極めて稀ではあるが発生する可能性がある地震や地震動を評価する方法論ではないことが改めて示された。「特に現象のばらつきや不確定性の考慮が必要な場合」とは,高度の耐震安全性が求められ不確かさの考慮等について規制基準で要求されている原発の基準地震動を策定する場合を含むことは明らかである。レシピを用いて基準地震動を策定する場合,現象のばらつきや不確定性に十分留意して計算手法と計算結果を吟味・判断した上での震源断層を設定することが求められることは言うまでもないが,このような記載を地震本部が敢えて「表現の誤り等を訂正」する形で新たに盛り込んだことからは,原発の基準地震動策定において「レシピ」が適用される場面での計算手法や計算結果の吟味・判断が不十分であるというメッセージを発しようとする,地震本部の意図が汲み取れる。

この修正は,別訴訟で島崎氏が証言しているとおり,基準地震動策定やその審査が不合理であることを意識したものである。

[113] 地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)2016.6(12月修正版)1頁

[114] 地震本部ホームページ

(2) 手法の検証は未だ不十分

「考え方」では,2000年鳥取県西部地震と2005年福岡県西方沖地震によりレシピの検証が済んだかのような書きぶりになっているが,これらの検証では地震後に判明した情報を用いることにより当該地震の観測波形をある程度再現できることが確認された[115]だけで,地震動予測手法としての合理性の検証としては不十分である。当然のことながら,地震前に把握できる情報は,島崎氏も述べるとおり,地震後に把握できる情報に比べ,質・量ともに大幅に限られている。地震動予測手法としての合理性を検証するためには,当該予測手法によって事前に予測された強震動と実際の観測記録とを比較するか,地震発生前に把握できた情報のみを用いるべきであり,地震後に地震波形をもとに推定した情報を用いるのは本来のやり方ではなく,「予測」でもない。

特に本件原発については,島崎氏が別訴訟で証言した通り,「地震後の観測結果」が得られているわけではない。

地震本部地震調査委員会が予めレシピを用いて強震動評価を行っていた震源(活断層)から実際に地震が発生したのは,2016年熊本地震が最初であり,未だ1例しかない(2017年5月現在)。熊本地震を踏まえた予測手法としてのレシピの検証は未だ途上であるが,地震発生前に把握できた活断層の情報を,多くの事業者が用いているレシピ1.1.1(ア)に当てはめて予測すると,熊本地震を過小評価してしまうことは既に明らかである[116]

[115] 地震本部地震調査委員会が行った鳥取県西部地震の検証では,「巨視的震源特性(地震モーメントは除く)および微視的震源特性のアスペリティのおおよその位置・数,破壊開始点の位置については地震記録から推定された既存の研究を利用した」とされている。ケース2では地震モーメントについても既存により鳥取県西部地震において推定されている値が用いられている。
しかし,「時刻歴波形については,ケース1ではいずれの地点も加速度波形,速度波形ともに観測記録と整合していない。ケース2では加速度波形についてはあまり整合していない」「最大加速度についてはケース1・2とも概ね倍半分の範囲に入っているが,計算地点によっては約3倍,1/3になる場合もある」とされた。
福岡県西方沖地震の検証についても,震源断層の位置,長さ,幅,傾斜等の巨視的震源特性やアスペリティ位置の設定には,地震発生後でなければ行えない波形インバージョン(地震波観測記録による逆解析)で求められた震源モデル等が使われている。検証の結果,「観測記録をある程度再現できることが確認された」が「福岡平野や筑紫平野などでは周期1秒~2秒付近に見られる卓越周期の振動性状を十分に説明できていないことが課題としてあげられた」。
「鳥取県西部地震の観測記録を利用した強震動評価手法の検証について」
「2005年福岡県西方沖の地震の観測記録に基づく強震動評価手法の検証」

[116] 経済誌のインタビューで,纐纈一起・東京大学地震研究所教授は,「原発の耐震評価で用いられている地震動の予測手法を熊本地震に適用すると,地震動は過小評価になることが分かった」等と述べている(2016年8月17日付け東洋経済「大飯原発『基準地震動評価』が批判されるワケ島崎氏の指摘を規制委は否定したが…」参照)。

(3) ばらつき・不確かさの考慮の不十分さ

「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,震源断層の面積と地震モーメントとの関係や,地震モーメントと短周期レベルとの関係など,主要な部分に経験式が用いられており,それらの経験式は過去の観測データの回帰により求められていることが多い。そのため,これによって設定される地震動も平均的な値となり,その値に対するばらつきを有していることになる[117]。破壊開始点等のパラメータを変動させることによって「不確かさの考慮」が行われているが,これによって手法が有するばらつきを補えているという保証はない。

前述の藤原広行氏が述べる通り,この点についての規制基準は明らかに不十分である。

特に問題なのがアスペリティ応力降下量である。「断層モデルを用いた手法に基づく地震動評価」では,多数のパラメータが用いられるが,地震動評価結果に与える影響としては,サイト近傍のアスペリティ応力降下量の寄与度が非常に大きい[118]。この点,藤原広行氏からは,新潟県中越沖地震の際のアスペリティ応力降下量が25MPaと解析されていることから,1.5倍または25MPaのいずれか大きい方とすべきとの提案がされている[119]が,この提案を規制庁が検討したという事実もうかがわれない。

また,原発敷地周辺の活断層から発生する地震動を想定する際は,アスペリティ応力降下量につき,Fujii and Matsu’ura(2000)等を根拠に14.1MPa程度と設定している原子力事業者も見受けられる。だが,レシピに記載されたFujii andMatsu’ura(2000)の応力降下量等に係る部分はあくまで暫定値であり,理論面でも,また観測記録との比較という点においても,今後の検証を必要としている[120]

[117] 山田雅行・先名重樹・藤原広行「強震動予測レシピに基づく予測結果のバラツキ評価の検討~逆断層と横ずれ断層の比較」(「土木学会地震工学論文集」2007年8月号)104頁

[118] 「第2回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録24頁(藤原委員)

[119] 「第4回地震・津波に関する意見聴取会(地震動関係)」議事録7頁(藤原委員)

[120] 入倉孝次郎「強震動予測レシピ-大地震による強震動の予測手法」(「京都大学防災研究所年報」第47号A)
地震調査研究推進本部地震調査委員会「震源断層を特定した地震の強震動予測手法」(「レシピ」)12頁

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 8 震源を特定せず策定する地震動

(1) 未知の活断層とC級活断層問題

日本列島に分布する活断層は,その活動度により,A・B・Cの3つのクラスに分けられる。1000年当たりの平均変位速度をもとに,1m以上がA級活断層,0.1m以上1m未満がB級活断層,0.01m以上0.1m未満がC級活断層とされている。最近100年ほどの活断層による地震では,A,B,Cいずれのクラスでも同数の地震が発生している。

活断層カタログとして使われている活断層研究会編「新編日本の活断層」(東京大学出版)には,A級活断層は全体の4%,B級活断層は39%,C級活断層は29%,活動度不明の活断層が28%の割合で区分されている。B級活断層はA級活断層の約10倍見いだされており,そのことからすると本来はC級活断層はB級活断層の10倍見いだされなければならないはずであるが,判明しているC級活断層はB級よりも少ない。このことから,未発見のC級活断層が日本の地下に多数潜んでいると考えられている[121]。

なお,この「450ガル」は加藤ほか(2004)のスペクトルであるが,未だにこれをもって設置変更許可を申請している事業者は少なくない。

また,いくら「詳細な調査」であっても,調査可能な範囲は地表付近に限られ,地下の震源断層を直接確認することは現在の技術では不可能である。

したがって,未発見のC級活断層が日本の各原子力発電所の直下や近傍に潜んでいる可能性は十分にある。したがって,「震源を特定せず策定する地震動」の想定に万全を期すことはきわめて重要である。

だが,この点につき真摯に保守性を追求するならば,多くの原発で大幅な基準地震動の引き上げを強いられることにもなりかねない。そのため,事業者は,遅くとも耐震設計審査指針の改訂の頃より,これを低い水準に押し止めることに精力を注いできており[122],規制当局は事業者の実情を慮って本来の規制を怠ってきた。その実情は今も大きく変わってはいない。

[121] 遠田晋次「活断層地震はどこまで予測できるか 日本列島で今起きていること」147頁 講談社 2016年

[122] 耐震設計審査指針(新指針)への対応について,電事連資料には「『震源を特定せず策定する地震動』を450ガルで抑えたいが,もっと大きくすべきと主張する委員がいることに関して原子力で考慮している地震動が一般の設計や防災で考慮している地震動と比べ同等以上であることを主要委員に説明していく」とある(「国会事故調報告書」(WEB版)510頁)。

(2) 観測記録をほぼそのまま用いる手法は新規制基準の趣旨に反する

設置許可基準規則解釈別記2第3項柱書には,「『震源を特定せず策定する地震動』は,震源と活断層を関連づけることが困難な過去の内陸地殻内地震について得られた震源近傍における観測記録を収集し,これらを基に,各種の不確かさを考慮して敷地の地盤物性に応じた応答スペクトルを設定して策定すること」と規定されており,地震動ガイドにも同様の規定がある。

しかるに,原子力規制委員会は,「震源を特定せず策定する地震動」の策定に当たっては,過去の地震動観測記録を/ほぼそのまま用いるもの/とし,「各種不確かさの考慮」については,現状,はぎとり解析に係るものに限定されている。しかしこのような解釈・運用は,新規制基準の趣旨にさえ反する。

「各種不確かさの考慮」が規定されたのは,地震・津波検討チームの第7回会合において,藤原広行氏が,次のように発言したことによる[123]

「震源を特定せず策定する地震動」・・・のところに,「これらを基に」の後に,「各種不確かさを考慮して」という言葉を追記していただいたほうがいいんじゃないのかと思っています。ここの各種不確かさというのは,・・・単なるモデルパラメータだけでなくて,これこそわからないところなので,わからなさかげんという認識論的なものとか,いろいろな不確かさを考慮してということをぜひとも入れていただきたいと思います。

この発言を受けて,「各種の不確かさ」という文言が加わることとなったのである。「わからなさかげんという認識論的なもの」等モデルパラメータに止まらない「いろいろな」ものが「各種不確かさ」に含まれるとすれば,これをはぎとり解析に係るものに限局する解釈は不可能である。

過去の地震記録をほぼそのまま「震源を特定せず策定する地震動」と設定するような現在の運用は,新規制基準の趣旨に反し,原発の安全性を確保するものとは言えない。

[123] 「発電用軽水型原子炉施設の地震・津波に関わる新安全設計基準に関する検討チーム」第7回会合 議事録66頁

(3) HKD020観測記録等が考慮される実情

さらに,「震源を特定せず策定する地震動」においては,過去の地震記録の中でも特に最大とは言えないものが採用されているのが実情である。

地震動ガイドではMw6.5未満の地震は全国共通に考慮すべき地震とされ,収集対象となる内陸地殻内の地震の例として1996年から2013年までの14の地震が例示されている(「考え方」228頁表1No.3~16)。この14の地震の中で原子力事業者が実際に観測記録として用いているのは,事実上,2004年北海道留萌支庁南部地震(Mw5.7)のHKD020(港町)観測点における観測記録だけであり,これを解放基盤波に解析した電力中央研究所の報告[124]を基に,ほとんどの原発で620ガル(水平動)[125]という値が採用されている。

だが,北海道留萌支庁南部地震の地震規模はMw5.7に過ぎない上,この地震の際にはHKD020観測点よりもさらに大きな揺れが発生した地点があったことも解析によって明らかになっており[126],HKD020観測点の記録は偶々収集できたものに過ぎない。地震動ガイドに例示された地震でも,前記観測記録を上回る可能性がある地震動が観測されているが,それらは採用されていない。

他の地震でも,大きな地震動記録は排除されている。

なぜ日本における僅か16年程の観測期間で特に最大という訳でもない北海道留萌支庁南部地震HKD020観測記録等を用いれば「震源を特定せず策定する地震動」として適切なのかという点について,各原子力事業者は,他の観測記録につき信頼できる解放基盤波の評価が存在しないから等と述べるだけで,安全性確保の上で留萌支庁南部地震HKD020観測記録を考慮すれば十分であるとの説明はない。

これに関して纐纈一起東京大学地震研究所教授は,データを集めて地下構造を調べれば計算は技術的には易しいとし,「こんな言い訳を許す審査はあり得ない。『地盤を調べて計算しなさい』と規制委が指示すれば済む」と厳しく批判している[127]

また,旧原子力安全基盤機構では,「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」において,はぎとり解析結果の精度が不確かな場合,断層モデルを用いた手法により震源モデル及び地下構造モデルを設定することを規定していた[128]。そうであるにもかかわらず,現状ではこのような評価も行われていない。

原子力規制庁の広報室は,これに関する新聞社のインタビューで,「規制は最低限。規制は確かなデータを根拠にするもので,それ以上の安全対策は電力各社の自主努力。努力がないと本当の意味での安全は達成できない」「こんなギリギリでやっていると電力会社はリスクを抱えたまま。経営としても安全への考え方としても間違っている」と述べている[129]が,原発の安全確保を原子力事業者に委ねている原子力規制委員会の姿勢も根本的に誤っているというべきである。

[124] 佐藤浩章ほか「物理探査・室内試験に基づく2004年留萌支庁南部の地震によるK-NET港町観測点(HKD020)の基盤地震動とサイト特性評価」電力中央研究所報告 研究報告:N130072013.12

[125] 柏崎刈羽原発では敷地の地盤物性の影響を評価して650ガルとされている。

[126] 財団法人地域地盤環境研究所「震源を特定せず策定する地震動計算業務報告書」2‐7図2.2‐4.2011.3

[127] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊

[128] 独立行政法人原子力安全基盤機構「震源を特定せず策定する地震動に係る評価手引き」平成26年2月

[129] 前掲毎日新聞2016年6月24日東京夕刊


 9 「安全余裕」について

新規制基準では,基準地震動による地震力等に対し,建物・構築物について「妥当な安全余裕」を要求しているが,そのことにより,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失しないことがあり得る」とは言えても,「基準地震動を超える地震が発生しても,耐震重要施設の安全機能が喪失することはない」とは到底言えない。

基準地震動相当の揺れが原発を襲った際に実際の終局耐力に収まるかどうかには,様々な不確実な要因が影響する。

「考え方」の要旨に挙げた前記①及び③については,材質や寸法のばらつき,溶接や施工,保守管理の良否といった諸々の不確定要素を考慮して,やむを得ず設けられる「安全代」である。逆に言うと,いかに品質管理を尽くしても,溶接や施工,保守管理の不備等の不確定要素がこの「安全代」によってすべて補われるとは限らない。溶接や施工,保守管理の不備による種々の事故・事象は,日本の原発でも頻繁に報告されている。

例えば,1991年2月9日,関西電力美浜原発2号機で蒸気発生器細管がギロチン破断するという炉心溶融に至りかねない危険な事故が起きている。この原因は,腐食と疲労,金具がきちんと挿入されていなかったことが重なったものと判明している[130]。製造時の品質管理も,稼動以後の保守管理も,人間が行うものであるため完璧ではあり得ない。

また,応答解析を行う際には建屋や地盤をある程度単純なモデルにする必要があるが,モデル化に伴う誤差も避けられない。さらに,原子炉の運転に伴い,原子炉圧力容器,蒸気発生器,各種配管等には温度差による熱荷重が繰り返しかかるが,これを解析するにも不確定性が伴う。前記②の余裕についても,こういった不確定要素によって食い潰されてしまうかもしれない。

現在適合性審査が行われている原発を含む日本の原発は,元々,現在の水準よりかなり低い設計基準地震動で設計されている。その後たびたび基準地震動を超過する地震動が観測される等して,基準地震動は段階的に場当たり的に引き上げられ,それに伴い安全余裕は着実に削られてきた。初めに低い基準地震動で建設された原発の耐震安全性を抜本的に見直すことは不可能であり,安全性の上限自体はほぼ変わらないのである。着実に安全余裕が削られている実態からすれば,次に基準地震動を超過すれば大事故につながるおそれがあると考えるべきである。

こういった耐震設計の規制に関しては,JEAG4601(社団法人日本電気協会「原子力発電所耐震設計技術指針」)に代表される学協会規格に拠るところが大きい[131]が,その策定は原子力事業者やその関係者が中心になって行っており,策定プロセスの公正性,透明性が十分確保されているとは言い難い。発足当初の原子力規制委員会においては,学協会規格の取り扱いを根本的に見直す方向での議論がなされていた[132]が,規制基準を実質的に被規制者が策定するという倒錯した状況は現在も変わっていない。

[130] 原発老朽化問題研究会・編「まるで原発などないかのように」76頁

[131] 「耐震設計に係る工認審査ガイド」参照

[132] 「平成24年度原子力規制委員会第11回会議会議録」13~15頁

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◆原告第39準備書面
第7 使用済燃料の貯蔵施設(甲369の146~167p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第7 使用済燃料の貯蔵施設(甲369の146~167p)
1 使用済燃料の危険性
2 福島第一原発事故の教訓:使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることを想定すべきこと
3 国会事故調報告書が指摘した技術的問題が解消されていないこと
4 原子力学会の提言
5 使用済燃料の貯蔵施設
6 使用済燃料貯蔵施設の不合理な耐震重要度分類
7 計装系をSクラスとすべきであること


第7 使用済燃料の貯蔵施設(甲369の146~167p)


 1 使用済燃料の危険性

(1) 「考え方」は,使用済燃料から放射線及び崩壊熱が発生していることには言及しているものの,どの程度の放射線が発生するかについて言及せず,また,崩壊熱は,時間とともに減少するとして,発電時に発生する熱との比較にしか言及していないため,使用済燃料から発生する放射線及び崩壊熱の危険性を十分に明らかにしていない。

(2) 原子炉の核エネルギーは,原子炉圧力容器の水を数分間で空にする程のペースで,毎時約5600トンもの蒸気をタービンへと送り出しているため,崩壊熱は,原子炉停止から1日後には0.5%,100日後には0.1%のように減少するが,元の値が膨大であるだけに,0.1%といっても依然かなりの発熱量に相当する[65]。この崩壊熱を除去しなければ,使用済燃料が損傷し,大量の放射性物質が放出されてしまうし,また,過熱によるジルコニウム火災の危険性も生じる。

原子力規制委員会の委員長に就任する前の田中俊一氏の講演においても(甲369の147p以下)[66]同氏は「原子炉停止から3日後でも1時間に8.3トンの水(100℃)を蒸発させるだけの熱(5.2MW)を発生」と崩壊熱の危険性について正面から言及していた。

下表は,国会事故調報告書が使用済燃料の取扱いに関する長期的配慮の必要性を示唆する数値として,2003年にMIT(マサチューセッツ工科大学)が発行した「The future of Nuclear Power」記載の情報をまとめたものである[67]

経過年数別の放射能量と崩壊熱,放射能毒性(PWR燃料1t当たり)【表省略】

「放射能毒性」とは,含有される毒物をどれだけの水量で希釈すれば飲用として使えるかという特性で,ここでは,1トンの使用済燃料に含まれている全ての放射性物質の希釈に必要な水量として表している。例えば,1トンの使用済燃料に含まれる放射性物質は,1000年後に琵琶湖の水で希釈してもまだ飲めない程である。

[65] 「国会事故調報告書」(WEB版)135頁

[66] 田中俊一「福島原発の現状について」4頁

[67] 「国会事故調報告書」(WEB版)136頁

(3) 上記のような使用済燃料から発生する放射線及び崩壊熱の危険性を十分に明らかにしないばかりか,崩壊熱について発電時に発生する熱との比較のみを行うことで崩壊熱の危険性は低いといった誤った印象を与えかねない「考え方」の記述は,妥当でない。


 2 福島第一原発事故の教訓:使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることを想定すべきこと

(1) 「考え方」は,福島第一原発事故の教訓として,①事故発生時に外部電源が利用できなくなった際に使用済燃料プールの水位が把握できなかったこと,②使用済燃料貯蔵施設の補給水系が損傷した場合の代替手段が用意されていなかったことを挙げ,新規制基準がこれらの教訓を踏まえた要求をしていると述べるが,福島第一原発事故から学ぶべき教訓は,これらで足りるのであろうか。

(2) 福島第一原発事故では,4号機の使用済燃料プールの冷却機能が喪失し,当時の原子力委員会委員長であった近藤駿介氏が「強制移転を求めるべき地域が170km以遠にも生じる可能性や,年間線量が自然放射線レベルを大幅に超えることをもって移転を希望する場合認めるべき地域が250km以遠にも発生することになる可能性がある」として,東日本壊滅の危険性を指摘した,俗にいう「最悪シナリオ」を作成した[68]

米国NRCも,福島第一原発から50マイル(80.5km)の地点で99mSvの被ばくをするおそれがあるとして,在日米国人に対し,50マイル圏内からの脱出を呼び掛けた[69]

田中俊一氏も,使用済燃料プールの冷却機能が停止したため,崩壊熱によって冷却水が温められて蒸発し,燃料被覆管及びウラン燃料が溶けて核分裂生成物が放出され,重大な汚染が生じることを危惧していた[70]

[68] 近藤駿介「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」

[69] 田中俊一「福島原発の現状について」9頁,「国会事故調報告書」(WEB版)168頁

[70] 田中俊一「福島原発の現状について」7頁

(3) 上記のような悲観的推測が出た背景として,国会事故調報告書は,次の技術的理由を指摘している[71]

①使用済燃料プールに水位計がなく,テレビカメラによる状況確認もできなかったこと
②強い地震と爆発があったため,使用済燃料プールの損傷と漏えいを懸念するだけの理由があったこと
③放射線レベルに関する情報が,それ以前に発生した3号機の影響とも重なり,正しく分析し難かったこと
④ジルコニウム火災の現象に関する実験など過去の知見が充実しておらず,現実的な推測を行うための解析ツールも整っていなかったこと
⑤米国では既に運用されていた高熱量の使用済み燃料の市松模様配列が,日本ではまだ検討さえ始まっておらず,その結果,高熱量の使用済燃料が局所的に集中して配列されていた可能性が認識されていたこと
⑥米国では既に運用されていた「B.5.b」[72]への対策が,日本ではいまだ検討さえ始まっておらず,使用済燃料プールを外部水源で冷却する設備が設置されていなかったこと

[71] 「国会事故調報告書」(WEB版)168~169頁

[72] 「B.5.b」については「政府事故調最終報告書」325頁「NRCにおけるB.5.b」も参照されたい。

(4) 4号機の使用済燃料プールの冷却機能が喪失したにもかかわらず,結果的には使用済燃料の冠水状態が維持され,最悪シナリオが現実にはならなかった。この点に関し,「考え方」は,「なお,実際には使用済燃料貯蔵槽からの水の喪失には至っていない」と結論を述べるのみで,理由には触れていないため,確認する。

4号機は,2011年3月11日当時,定期検査中で,使用済燃料プールに隣接する原子炉ウェルと呼ばれる場所に普段はない水が入れられていたため,この原子炉ウェルの水が意図せざる仕切り壁のずれでできた隙間を通って使用済燃料プールに流れ込んだと考えられている。さらに,当初のスケジュールでは,同月7日までに原子炉ウェルの水抜きを完了する予定であったが,工期の遅れにより原子炉ウェルに水が張られていた状態で同月11日を迎えたという偶然も重なったことが明らかになっている[73]。また,4号機建屋で水素爆発が起きたにもかかわらず使用済燃料プールの保水機能は維持されたが,爆発の規模や場所が異なることなどにより使用済燃料プールの損壊の規模がさらに激しかったときは,冷却水が保持できず,危険な状況となっていた可能性もある[74]甲369[4 MB]の150p以下、特に151pの図)。

このように福島第一原発事故では,僥倖といえる程に偶然に偶然が重なったことで使用済燃料が冷却されたのであり,東日本壊滅という最悪シナリオが現実のものになる危険性も十分にあった。

[73] 奥山俊宏「震災4日前の水抜き予定が遅れて燃料救う福島第一原発4号機燃料プール隣の原子炉ウェル」

[74] 「国会事故調報告書」(WEB版)124頁

(5) 上記福島第一原発事故において実際に生じた事実ないし生じるおそれがあった事実に鑑みれば,福島第一原発事故から学ぶべき教訓としては,まず,使用済燃料ないし使用済燃料プールの危険性を十分に認識しなければならないということである。このような教訓は,改めて論じるまでもないことのようにも思えるが,福島第一原発事故以前に使用済燃料ないし使用済燃料プールの危険性がクローズアップされる機会は,多くなかった。

この点に関し,憂慮する科学者同盟のエドウィン・ライマン氏の知見(甲369の152,158pなど)も参照されたい[75]

[75] エドウィン・ライマン「日本における使用済み燃料貯蔵の安全性とセキュリティー」(「科学」2015年12月号)1191頁

(6) では,福島第一原発事故から学ぶべき教訓としては,使用済燃料ないし使用済燃料プールの危険性を十分に認識した上で,どのような対策が規制上要求されるべきであろうか。

上記のとおり福島第一原発事故において実際に生じた使用済燃料の冷却機能の喪失という事実及びこれにより生じるおそれがあった壊滅的な被害に鑑みれば,使用済燃料の冷却に関する合理的な対策はすべて,規制上要求されるべきである。とりわけ,上記のとおり福島第一原発事故において生じるおそれがあった使用済燃料の冠水状態が維持できない事態及びこれにより生じるおそれがあった壊滅的な被害に鑑みれば,使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることも想定した合理的な対策が規制上盛り込まれていなければ,かかる規制基準は不合理というほかない。

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 3 国会事故調報告書が指摘した技術的問題が解消されていないこと

(1)前記2(3)記載の国会事故調報告書が指摘した技術的問題について,新規制基準の要求等によって解消されているか否かを検討する。

①使用済燃料プールに水位計がなく,テレビカメラによる状況確認もできなかったこと
②強い地震と爆発があったため,使用済燃料プールの損傷と漏えいを懸念するだけの理由があったこと ×
③放射線レベルに関する情報が,それ以前に発生した3号機の影響とも重なり,正しく分析し難かったこと

④ジルコニウム火災の現象に関する実験など過去の知見が充実しておらず,現実的な推測を行うための解析ツールも整っていなかったこと ×
⑤米国では既に運用されていた高熱量の使用済み燃料の市松模様配列が,日本ではまだ検討さえ始まっておらず,その結果,高熱量の使用済燃料が局所的に集中して配列されていた可能性が認識されていたこと ×
⑥米国では既に運用されていた「B.5.b」への対策が,日本ではいまだ検討さえ始まっておらず,使用済燃料プールを外部水源で冷却する設備が設置されていなかったこと

(2) 上記①及び③について,新規制基準は,外部電源が利用できない場合においても,使用済燃料プールの温度,水位等の状態を示す事項を監視することができるものとすることを要求しているが,使用済燃料プールの計装系の安全重要度分類及び耐震重要度分類は,最低クラスに据え置かれたままとなっている。

このことは,基準地震動以下の地震動により使用済燃料プールの計装系が機能喪失し,使用済燃料プールの温度,水位,放射線レベル等の状態を把握することすらできなくなる事態が生じることを意味する。

この点に関し,国会事故調報告書は,福島第一原発事故では,電源喪失による計装系の機能喪失が大きな問題であったが,仮に電源があっても炉心溶融後は,設計条件をはるかに超えており,計測器そのものがどこまで機能するか,既設原発での計器類の耐性評価を実施し,設備の強化及び増設を含めて検討する必要があると指摘している[76]

福井地裁2015年4月14日高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定も,事故時の事態の把握の困難性から,使用済燃料プールの計測装置がSクラスであることが必要だとし,使用済燃料プールの計測装置の耐震クラスをCクラスとしている新規制基準は,緩やかにすぎ,合理性を欠くと判示している[77]

[76] 「国会事故調報告書」(WEB版)104頁

[77] 44~45頁

(3) 上記②について,新規制基準の地震対策に係る要求事項が不十分であることや,使用済燃料プールが堅固な施設に囲い込まれていないことからすれば,使用済燃料プールの損傷と漏えいの懸念は解消されていない。

(4) 上記④について,福島第一原発事故後においても,ジルコニウム火災の現象に関する実験など過去の知見が充実しておらず,現実的な推測を行うための解析ツールも整っていない状況に変わりはない。

(5) 上記⑤について,米国NRCの命令「B.5.b」は,使用済燃料の使用済燃料プールにおける燃料配置について,崩壊熱の高い新しい使用済燃料と古い使用済燃料の配置を市松模様状に配置することを要求しているところ,前記のとおり福島第一原発4号機では,このような運用がなされていなかったため,壊滅的な被害が生じるという悲観的観測がなされ,国会事故調も,この市松模様状の配置の導入を提言しているにもかかわらず[78],新規制基準は,これを要求していない。

これは,使用済燃料の冠水状態を常に維持できるという前提の下で要求していないものと考えられるが,前記のとおり福島第一原発事故において生じるおそれがあった事実に鑑みて,使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることを想定した合理的な対策も規制上要求されるべきであり,とりわけ使用済燃料の市松模様状の配置のように新たな設備を設置することなしに実行可能な運用すら要求しない新規制基準は,不合理というほかない。

[78] 「国会事故調報告書」(WEB版)124頁

(6) 上記⑥について,新規制基準は,代替注水設備として可搬型代替注水設備を配備することなどにより,使用済燃料の冠水状態を維持することを要求している。
このような可搬式設備の配備は,安全性を向上させるものではあるが,人為的な作業を伴うため,不確実性が高い。人為的な作業の不確実性が明らかになった福島第一原発事故の教訓を踏まえれば,使用済燃料プールを外部水源で冷却する可搬式設備とともに人為的な作業を伴わない「恒設設備」の設置も要求すべきである。

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 4 原子力学会の提言

(1) 原子力学会は,2011年5月9日,福島第一原発事故から教訓を得て,世界で稼働中の原発で同じような事故を二度と起こさないようにするため,「福島第一原子力発電所事故からの教訓」という提言をまとめ,この提言の中で,使用済燃料プールの冷却に対する教訓として,a「使用済み燃料貯蔵プールの冷却に失敗した」,b「建屋が破損した後の使用済み燃料の閉じ込めに課題がある」として,5つの提言を行った[79]。(甲369[4 MB]の156p)

しかし,これらのうち、短期的な2つの提言すら実現されたといえないことは前記3(2)及び(6)記載のとおりである。中期的提言はいうまでもない。

[79] 一般社団法人日本原子力学会「福島第一原子力発電所事故からの教訓」9頁


 5 使用済燃料の貯蔵施設

(1) 「考え方」は,「崩壊熱は原子炉の停止後,時間とともに減少するものであり,使用済燃料を炉心から取り出し,使用済燃料の貯蔵施設へ移動する段階では原子炉の停止から数日経過しているため,崩壊熱はかなり小さくなっている」と述べ,使用済燃料の貯蔵施設が堅固なものでなくてよいと強弁する。

しかし,前述のとおり原子炉の核エネルギーは,原子炉圧力容器の水を数分間で空にするほどのペースで,毎時約5600トンもの蒸気をタービンへと送り出しているため,崩壊熱は,原子炉停止から1日後には0.5%,100日後には0.1%のように減少するが,元の値が膨大であるだけに,0.1%といっても依然かなりの発熱量に相当する。この事実に触れずに原子炉停止時の熱との比較のみに言及することにより使用済燃料の崩壊熱は小さいという誤った印象を与えかねない「考え方」の記述は,事実を述べないものである。

(2) さらに「考え方」は,「使用済燃料は放射性物質を閉じ込める役割を果たす燃料被覆管の健全性を維持するために使用済燃料の冠水状態の維持を行い,崩壊熱を除去すれば,放射性物質が放出されるような事態は考えられないため,原子炉容器,原子炉格納容器のような耐圧性を有する施設として設計することまでは必要ではない」と述べる。

これは,裏を返せば,使用済燃料の冠水状態を維持できなくなれば,崩壊熱により燃料被覆管の健全性が維持できなくなり,大量の放射性物質が放出されること,新規制基準は,使用済燃料の冠水状態が維持できなくなることを想定していないことを認めているということである。

(3) そうであれば,また福島第一原発事故において生じ得た壊滅的な被害に鑑みれば,使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることを想定した対策が規制上要求されないのは不合理である。

(4)さらに,新規制基準は,「トルネード・リリーフ・ベント」の設置を要求していないため,建屋の上を竜巻が通過した場合には,その時急激に生じる大きな差圧のため屋根が破壊されてしまうおそれがあるし[80],また,竜巻による飛来物が建屋の屋根や外壁を貫通して使用済燃料プールに侵入することも許容するものとなっている[81]

[80] 「国会事故調報告書」(WEB版)204頁

[81] 関西電力株式会社「高浜3号炉および4号炉竜巻影響評価について」42,46,56頁等

(5) 上記のとおり福島第一原発事故において生じるおそれがあった使用済燃料の冠水状態が維持できない事態及びこれにより生じるおそれがあった壊滅的な被害に鑑み,使用済燃料の冠水状態が維持できない事態も生じ得ることを想定すべきこと,原発の安全確保の最も主要な部分は,核分裂生成物の拡散を防止するための壁の健全性をいかにして維持するかであるところ,使用済燃料は,原子炉内の燃料よりも核分裂生成物を遥かに多く含むこと,格納容器に外部からの不測の事態に対する防護機能も期待されていることからすれば,使用済燃料を堅固な施設によって囲い込むという対策は,合理的であり,規制上要求されるべきである。

福井地裁2015年4月14日高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定も,使用済燃料も原子炉格納容器の中の炉心部分と同様に外部からの不測の事態に対して堅固な施設によって防御を固められる必要があるとし,かかる規制を行っていない新規制基準は,緩やかにすぎ,合理性を欠くと判示している[82]

[82] 39~45頁

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 6 使用済燃料貯蔵施設の不合理な耐震重要度分類

「考え方」によると,使用済燃料プールに関しては,自ら放射性物質を内蔵していることを根拠に,補給水設備については,その安全機能を維持するために必要であることを根拠に,それぞれSクラスと分類する。その一方で,使用済燃料プールの冷却系(以下「冷却系」という。)については,その機能を喪失したとしても,補給水設備により水が補給できれば不都合がないことを根拠に,Bクラスに分類する。

つまり,プール及び補給水設備については,高度の信頼性を要求するのに対し,冷却系については,そのような高度の信頼性を要求しない。

しかしながら,補給水設備も冷却系も,どちらも使用済燃料プールを冷却してその安全機能を維持するために重要な設備であり,深層防護の観点からはいずれもSクラスとするべきである。

福島第一原発事故の際には,使用済核燃料プールの冷却機能も補給水機能も喪失し,東日本を壊滅させるような事態に発展することが懸念された[83][84][85]。そのようなリスクの甚大さを考えれば,冷却系をSクラスとすることは僅かなコストといえるのであり,新規制基準は不合理である。

[83] 近藤駿介「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」

[84] 田中俊一「福島原発の現状について」7頁,9頁

[85] 「国会事故調報告書」(WEB版)168頁


 7 計装系をSクラスとすべきであること

福島第一原発事故の際に前記のような悲観的推測が出た原因として,国会事故調査報告書は,使用済み燃料プールに水位計がなく,テレビカメラによる状況確認もできなかったことを指摘している[86]

新規制基準は,外部電源が利用できない場合においても,使用済み燃料プールの温度,水位等の状態を示す事項を監視することができるものを要求しているが,耐震重要度分類に関しては,最低クラスに据え置いて,高度の信頼性と安全性を要求していない。新規制基準では,基準地震動以下の地震により,使用済み燃料プールの温度,水位等を把握することすらできなくなってしまう事態を想定しているということになるが,そのことは地震時(それも基準地震動以下の)における壊滅的な事態を引き起こしかねないものである。

[86] 「国会事故調報告書」(WEB版)168~169頁

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◆原告第39準備書面
第6 電源確保対策の不合理性(甲369の121~145p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第6 電源確保対策の不合理性(甲369の121~145p)
1 福島第一原発事故の原因を決めつけ,同事故の教訓を踏まえていないこと
2 外部電源の信頼性強化対策が放棄されていること
3 非常用電源設備の機能確保対策が不十分であること
4 全交流動力電源喪失対策設備(設置許可基準規則14条)の不備
5 3系統目の猶予が違法であること
6 全電源喪失に対する対策の欠如
7 不合理に低い外部電源系の重要度分類
8 不合理に低い耐震設計上の重要度分類


第6 電源確保対策の不合理性(甲369の121~145p)


 1 福島第一原発事故の原因を決めつけ,同事故の教訓を踏まえていないこと

(1) 電源の果たす役割の重要性

異常事態が生じて「止める機能」によって原子炉の核分裂反応の停止に成功しても,炉心の燃料棒内に残存する多量の放射性物質の崩壊により発熱が続くことから,「冷やす機能」により炉心(燃料)の破損を防止するために炉心の冷却を続ける必要がある。炉心を冷却するには,大型ポンプ等の機器を動作させて水を供給し続けなければならないが,そうした大型ポンプ等の機器を動作させるためには電源供給が必要である。電源供給に失敗し,炉心へ水を供給できずに炉心の冷却ができなくなると炉心溶融へと至る。

このように原子力発電所における原子炉冷却機能を維持するためには電源確保対策は極めて重要な対策であり,通常は,原子力施設外の発電所から送電線を通って供給される外部電源を利用し,外部電源からの電力供給が不可能な場合は,非常用交流動力電源として非常用ディーゼル発電機が起動して電力の供給を継続する。

(2) 福島第一原発事故の教訓

福島第一原発事故では,まず,地震動による鉄塔の倒壊等によって外部電源からの電力供給が絶たれた。外部電源が地震動によって途絶するという事態は,福島第二,女川,東海第二,東通の各原発でも発生している[50]

加えて,福島第一原発事故では,外部電源の喪失に加えて,間もなく津波によって非常用ディーゼル発電機からの交流電源供給も途絶えたために,炉心溶融を招いてしまった。

このように,福島第一原発事故を含む2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震とその後の津波による教訓としては,外部電源の信頼性強化,非常用交流電源の共通要因故障対策及び非常用交流電源が喪失した場合のさらなる電源対策が挙げられる。

[50] 「原子力安全に関するIAEA閣僚会議に対する日本国政府の報告書」
III-30(福島第一),同32(福島第二),同46(女川),同50(東海第二),同51(東通)。東通原発では,原子炉建屋で観測された地震動は僅か17ガルに過ぎなかったにもかかわらず外部電源が途絶する事態となった。外部電源は地震動に対して極めて脆弱といえる。

(3) 新規制基準は福島第一原発事故の教訓を踏まえていない

原子力規制委員会は,外部電源については,原発施設外にあるため発電用原子炉の設備ではないし,長大な送電線全てについて高い信頼性を確保することは不可能で非常時には外部電源による電力供給に期待すべきではないとして,信頼性強化対策を放置している。また,非常用交流電源の機能確保対策については,福島第一原発事故よりも,はるかに楽観的に外部電源の喪失期間(外部電源の復旧までの所要期間)を想定して非常用ディーゼル発電機の燃料貯蔵量を想定しており,およそ実効性のない規制基準を策定している。加えて,新設された重大事故等対処設備による電力供給についても,可搬施設による人的対応に過度に依存しており,その限界を踏まえない楽観論に基づいた机上の空論に終始している。

以下,それぞれの規制についての問題点を詳述する。


 2 外部電源の信頼性強化対策が放棄されていること

(1) 各種政府機関の指摘

福島第一原発事故では,地震動によって,外部電源設備である送電用鉄塔の倒壊,遮断機及び断路器の部品落下,引留鉄構の傾斜等が生じて,福島第一原発への給電を停止し[51],炉心損傷や大気中への放射性物質の大量放出という異常事態の起因事象となった。そのため,福島第一原発事故後に,外部電源からの電力供給の重要性と信頼性向上の必要性が,原子力安全委員会で確認され,福島第一原発事故当時,外部電源が重要度分類でPS-3(一般産業施設と同等以上の信頼性の確保),耐震重要度分類でCクラスと,それぞれ最も低く分類されていたことが問題とされた。

新規制基準が策定される前に,原子力安全委員会と原子力安全・保安院が,ともに外部電源の重要性を確認したうえで,その信頼性向上の必要性を掲げていたことからすれば,当然に,新規制基準においても外部電源の信頼性向上,具体的には重要度分類や耐震重要度分類の分類引上げが実施されるべきことは明らかである。

[51] 「政府事故調中間報告書」32頁(c)損傷・機能の状況を参照

(2) 新規制基準では外部電源の信頼性向上対策を放棄していること

ところが,策定された新規制基準では,外部電源対策として,独立した2回線以上の送電線への接続と回線の物理的分離を要求したのみである。

原子力安全委員会と原子力安全・保安院が求めていた重要度分類や耐震重要度分類の各分類の引上げは実現しておらず,福島第一原発事故当時と同じ重要度分類上のPS-3,耐震重要度分類のCクラスに据え置かれたままである。新規制基準は,外部電源の信頼性向上対策をほとんど放棄してしまっているのである。現状の規制のままでは,外部電源2回線に独立性を要求しても,耐震性を高めなければ,地震により外部電源が同時損傷する事態を防ぐことはできない。

これについて,原子力規制委員会は,そもそも,発電所外の電線路等の外部電源施設は発電用原子炉施設の設備ではないという形式的な理由のほか,実質的な理由として長大な電線路すべてについて高い信頼性を確保することは不可能であり,電力系統の状況により影響を受けるため,原子力発電所側で管理ができないとして,事故発生時には外部電源系による電力供給に期待すべきでないと,その理由を述べている。

しかし,原子力規制委員会の考え方は,深層防護の考え方に反するし,炉心損傷頻度(CDF)への外部電源の喪失事象の寄与度の高さを無視しているという二つの点で誤っている。

まず,一点目として新規制基準は,原発からの放射性物質の放出を防ぎ,もって国民の生命・健康の保護を図るために,有効な複数の対策を用意し,かつ,それぞれの層の対策を考えるとき,他の層での対策に期待しないという深層防護の考え方を踏まえて策定されたはずである。いみじくも原子力安全委員会と原子力・安全保安院が指摘しているとおり,外部電源からの電力供給という交流電源供給手段の信頼性が向上すれば,その分だけ電源確保対策の厚みが増すことになり,それ以外の非常用交流電源対策や直流電源対策の整備と相俟って,電源確保対策が多層化し,電源確保対策全体の信頼性が大きく向上することは明らかである。

また,二点目として,NRCは,炉心損傷頻度(CDF)の73%あるいは約90%が,外部電源の喪失によって発生する旨の試算を公表している[52]。このことからすれば,外部電源の信頼性強化を図ることが,炉心損傷対策として極めて重要かつ有効な対策であることは明らかである。

これに対する原子力規制委員会の「考え方」は,異常事象発生時に,早々に外部電源からの電力供給という選択肢を諦めてしまい,非常用交流電源等からの電力供給に頼るという深層防護の考えとは全く相いれないものであり,始めから炉心損傷を招く大きな要因と試算されている外部電源が喪失した状態をみすみす招き,「背水の陣」で異常事象に対応するという誤りを犯してしまっているのである。

上記原子力規制委員会が述べている形式的な理由は,外部電源の信頼性向上対策を行わない合理的な理由となっていない。

同じく実質的理由についても,長大な電線路すべてに高い信頼性を確保することは一定のコストをかければ十分可能であろう。また,電力系統の問題に関しても,原発事業者が全体として対応すれば十分可能なはずである。新規制基準策定に向けた議論状況の中で,原子力規制委員会が,電線路と電力系統に関する抜本的な信頼性向上対策にどの程度のコストを要するのか検討した形跡はない。

結局,原子力規制委員会は,電線路の耐震性強化や電力系統の管理を原発事業者の負担可能なコストの範囲内で行うことはできないという,合理的根拠を伴わないある種の「割り切り」を行ってしまっている。

[52] 日本原子力学会「原子力発電所に対する地震を起因とした確率論的リスク評価に関する実施基準:2015」267頁

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 3 非常用電源設備の機能確保対策が不十分であること

(1) 新規制基準は,非常用電源設備及びその附属設備は,多重性又は多様性及び独立性を確保し,設備の機能を確保するための十分な容量を有すること(外部電源が喪失したと仮定して7日間)を規定している(設置許可基準規則33条7項,規則解釈33条7項)。

(2) そもそも,非常用電源設備は,これまでに多数の故障を起こしていて,外部電源が機能しない場合に必ず非常用電源が機能するといえるほどの信頼性はない[53]

[53] 「ニューシア(原子力施設情報公開ライブラリー)」の情報検索で,情報区分欄のトラブル情報と保全品質情報をチェックして,件名欄に非常用ディーゼル発電機と入力すると,144件の情報が記録されている。

(3) それを措くとしても,これらの非常用電源設備に関する上記基準は,基準を満たす具体的な内容(「どのような事態を想定し,どのような設備が必要となるのか」)が制定されていないので,現実の設備が安全確保のために十分か否か判断する基準となっていない。

つまり,設置許可基準規則33条7項や同条の解釈には,単に「非常用電源設備の多様性」としか規定されておらず,それ以上に,具体的に非常用電源が必要とされる「どのような事態」を想定しているのか,「それに対応する多様性とは何か」という具体的な要求内容を読みとることはできない。また,事故等の対応に「必要な設備として何を想定しているのか」も不明である。

このように,上記基準からは,非常用交流電源が必要となる具体的な事態が想定されていないので,現実の事故発生時に,非常用電源に要求される具体的性能などの詳細を算定することが不可能であり,そもそも,必要な対策を立てることができないのである。

(4) また,原子力規制委員会は,非常用ディーゼル発電機の貯蔵燃料を7日間分以上としたとした理由を,福島第一原発事故時に,免震重要棟のガスタービン発電機の燃料供給に3日程度を要したので“より保守的に”少なくとも7日間と設定したと説明している。
しかし,この7日間分の燃料貯蔵に関する原子力規制委員会の説明は,二つの点から合理性を欠く。

まず一点目は,形式的なもので,そもそも,「考え方」で原子力規制委員会が説明している内容は,規則解釈33条7項の文言と整合しないというものである。

7日間という燃料貯蔵期間を定める根拠規定である規則解釈33条7項では「『十分な容量』とは,7日間の外部電源喪失を仮定しても,非常用ディーゼル発電機等の連続運転により必要とする電力を供給できること」と,あくまで外部電源の喪失期間を仮定して燃料備蓄の期間を定めたという説明になっている。「考え方」で根拠とされている福島第一原発事故のガスタービン発電機の燃料供給に3日間を要した事実は,規則解釈では全く言及されていない。

このように規則解釈では,仮定された外部電源喪失期間が燃料貯蔵量の根拠となっているのに対し,同じことが「考え方」では,ガスタービン発電機への燃料供給に要した期間へと,根拠がすり替わっており,両者の説明内容は一致しない。結局,何を根拠に燃料貯蔵期間を定めているのか,その根拠が不明確であると言わざるを得ない。

次に二点目は,福島第一原発事故では1~4号機の外部電源の復旧までに11日間を要しており,解釈規則が仮定している7日間という外部電源喪失期間は,到底,同事故の教訓を踏まえた“保守的な”規定にはなっていないという点である。

政府事故調最終報告書によれば,福島第一原発事故では,外部電源を喪失した2011年3月11日14時49分頃から大熊線の外部電源が復旧した同月22日19時17分頃までの実に11日と4時間28分間(268時間28分間)にわたり,外部電源が喪失している[54]

非常用電源は,外部電源が喪失した場合に機能を発揮し続けなければならないものであるから,福島第一原発事故の教訓を踏まえるならば,外部電源喪失期間を,少なくとも11日間以上,“より保守的に”であればそれ以上の期間と仮定して,所要燃料の貯蔵を要求していなければならないことは明らかである。

原子力規制委員会が求める7日分では,外部電源の喪失期間を楽観的に仮定しており,このままでは,事故時に非常用ディーゼル発電機が燃料切れとなり,非常用交流電源を喪失してしまう可能性が高い。

[54] 「政府事故調最終報告書」114~125頁


 4 全交流動力電源喪失対策設備(設置許可基準規則14条)の不備

全交流電源喪失時には,非常用直流電源が唯一の電源であり,非常用直流電源による電力の確保は欠かせない。

しかし,設置許可基準規則14条や規則解釈14条には,非常用所内直流電源の「必要な十分な容量」について具体的定めがない。「必要な十分な容量」が確保されなければ非常用直流電源を備えるといっても名ばかりとなり,短時間の全交流電源喪失しか想定しない事故前の不合理な基準と変わりがないこととなる。

例えば,福島第一原発3号機は,2011年3月11日15時41分に全交流電源を喪失した[55]が,直流電源盤が浸水を免れ,同月13日2時42分まで[56],35時間以上直流電源が維持されていた(ただし,それでも福島第一原発事故を防ぐことができなかった。)。全交流電源喪失に備えた非常用直流電源については,福島第一原発事故を踏まえた具体的かつ保守的な必要時間を規定すべきであり,未だ不十分な基準にとどまっている。

[55] 「政府事故調中間報告書」91頁。なお,非常用交流電源喪失の原因は津波によるものだけではなく,地震動によっても津波到来前に機能喪失していたことは前述したとおり。

[56] 「国会事故調報告書」(WEB版)143頁

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 5 3系統目の猶予が違法であること

設置許可基準規則57条2項及びその解釈では,前項の電源が喪失した場合に備えて所内常設直流電源設備(3系統目)を設けることと規定しておきながら,現在の原子力規制委員会は,「更なる信頼性向上」のためであるので,その設置を新規制基準の施行日から5年間猶予するものとしていた。

この3系統目は,必要な電源の多重性として議論され,要求事項にされたものである。それにもかかわらず5年間の猶予を認めることは,それができるまでは,その電気系統分の安全性が不足していることを認めることである。

その後,原子力規制委員会は,5年間の猶予の始期を,「新規制基準の施行日」から,審査に時間がかかることを理由にして「工事計画認可審査が通ってから5年」に変更をした[57]。原子力規制委員会は,直流電源喪失を防ぐためにはさらなる追加設備が必要であることを認識しながら原子力事業者の状況を慮って再稼動の要件とはせず,ただでさえ緩い基準をさらに緩めたのである。

設置許可基準規則57条2項及びその解釈の所内常設直流電源設備(3系統目)の設置について猶予を設ける原子力規制委員会の前記変更は,不合理なものというほかなく,かかる運用に基づく適合性審査には過誤,欠落があるから,これによる設置変更許可処分は,設置許可基準規則57条2項に反し違法である。

そして,福島第一原発事故と同様,多くの電源設備が同時に失われる状況になった場合,バックアップの直流電源がないため,やはり全電源喪失になってしまい,短時間のうちに炉心損傷に至るおそれがある。

[57] 原子力規制庁「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置,構造及び設備の基準に関する規則等の一部を改正する規則の制定について」


 6 全電源喪失に対する対策の欠如

SBOと直流電源の喪失が同時に起れば,無停電電源も喪失するので,中央制御室は暗黒になり,表示盤の計器も働かなくなる。そのような状況下では,プラントに何が起こったのか,現状把握が著しく困難になる。そのことは,福島第一で実際に起ったことである。福島原発事故では,交流電源も直流電源も喪失する全電源喪失に至ったものであり,福島原発事故の教訓を踏まえて基準は策定されなければならないであるから,全電源喪失を想定し,その場合のハード及びソフト面の対策を基準に明記することは不可欠である。

設置許可基準規則では,45条の冷却設備に関して,全交流動力電源喪失・常設直流電源喪系喪失を想定して,人力で原子炉隔離時冷却系(RCIC)等の弁操作をする規定をおいているが,それ以外に全電源喪失の場合の規定がない。

直流電源設備は,原子炉隔離時冷却系(RCIC),高圧注水系(HPCI),非常用復水器(IC)等の蒸気駆動の冷却設備の直流電動弁に電力供給するだけでなく,中央制御室制御盤,現場制御盤,中性子モニタ,プロセス放射線モニタ,地震計,原子炉水位・圧力計,格納容器圧力・温度計等の各種計装制御等にも電力を供給するものであり,これを喪失した場合には深刻な事態が生じるが,新規制基準にはそれに対する規定が存在しない。

規制委員会の基準検討チームが抽出した福島原発事故の教訓の中に所内の照明の喪失により現場での対策が困難(17頁),事故時における計装設備の信頼性確保(電源・予備品)(18頁),非常用電源からの供給や専用電源の設置などによるモニタリング機能維持(技術的知見)(22頁)があり,福島原発事故の教訓を踏まえれば全電源喪失を想定した規定は策定する必要がある。

欧米では,直流電源も喪失した全電源喪失状態のとき,中央制御室が暗黒とされた中で,作業員がどのように行動すべきかを検討し,そのための訓練機関がノルウェーに設置されている。いわゆるブラックスタートというもので,真っ暗闇の中で,原子炉の安全を確保する手順を整備し,訓練をしている[58]

直流電源の重要性と福島原発事故で全電源喪失が現に発生したこと並びに全電源喪失を想定した規制が欧米で行われていることを考えれば,全電源喪失状態を網羅した規定が存在しない現行の規制が安全確保策として不十分であることは明らかである。

[58] 佐藤暁「原子力規制委員会の『中間報告書』に埋没されたままの重要ポイント」(2014年12月「科学」)1238頁

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 7 不合理に低い外部電源系の重要度分類

「考え方」によると,新規制基準は,非常用ディーゼル発電機による電力供給機能をMS-1(クラス1)に分類して高度な信頼性を要求するのに対し,外部電源系の供給機能については,開閉所等の発電所内の設備はPS-3(クラス3)とし,発電所外の設備(電線等)は重要度分類の対象外としている。しかし,福島第一原発事故では,地震により原発施設の外にある鉄塔が倒れるなどして,まず外部電源を喪失し,地震発生から約50分後に来襲した津波によって,多くの非常用ディーゼル発電機等の機能を喪失し[59],その結果,全電源が喪失して大事故に至ったと考えられる[60]。一方で,福島第二原発では,福島第一原発と同様,津波による浸水で原発施設内の非常用ディーゼル発電機等が機能を喪失したものの,たまたま外部電源が1回線のみ生き残っていたため全交流電源喪失を免れ,大事故に発展することなく冷温停止に至った[61]

そのような福島第一・第二原発事故の経験からは,原子力発電所において,施設構内の非常用電源設備ばかりでなく施設内外の外部電源系設備も安全性確保のためには極めて重要であるといえ,施設内の非常用電源さえ機能すれば問題ないという安易な考え方を排しいずれにおいても万全の備えを要求することが,原子力安全の基本である深層防護の考え方に沿うものであるといえる。

新規制基準が外部電源の電力供給機能について高度な信頼性を求めていないことは,そのような福島第一原発事故の教訓を無視するものである。

そのような分類では,地震などの災害時には,外部電源の供給機能が容易に失われてしまい,非常用内部電源の供給機能に頼らざるを得なくなり,初めからいわば“背水の陣”での対応を余儀なくされ,深層防護の考え方と相容れない結果となる。そして,福島第一原発事故の時のように,仮に非常用電源の供給機能まで喪失すると,原子力施設の冷却設備が機能しなくなり,再び大事故が発生して多くの国民の生命身体を危険にさらすことにもなりかねない。

また「考え方」では,外部電源系の分類の根拠として,外部電力の供給施設が原子炉施設外にあって,外部の長大な電線路や経由する発電所全てについて高い信頼性を確保することが困難なことを挙げている。

しかし,外部電源系の供給施設がたとえ原子炉施設外にあるとしても,いずれも電力会社が所有し管理する施設であることに変わりはない。たとえ他の電力会社の設備を利用する形であるとしても,相互の協力体制を確立することによって,外部電源系の供給施設についても,高い信頼性を確保することは可能である。

さらに,「考え方」では,長大な電線路や経由する変電所すべてについて高い信頼性を確保することは不可能だとされているが,原子炉施設周辺に限定されない箇所においても,コストをかければ,高い信頼性と安全性を確保することは可能である。

2013年4月4日に開催された第21回発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チームにおいて,重要度分類と耐震重要度分類につき,福島第一原発事故の教訓やIAEAガイドなどを踏まえ2013年7月の改正原子炉等規正法施行後に見直しを行うとされた[62]が,現在まで検討が進んでいるようには見られない。

原子力規制委員会でも福島第一原発事故や国際基準を踏まえた重要度分類と耐震重要度分類の見直しの必要性は十分認識しているはずであるが,新規制基準は「見切り発車」となってしまっている。

[59] なお,「国会事故調査報告書」には「当委員会のヒアリングで15時35分か36分に停止と認められる1号機A系の電源喪失の原因は津波ではないと考えられる。」との指摘もある(WEB版227頁)。

[60] 「国会事故調査報告書」(WEB版)142頁

[61] 福島第二原発における事故対処については「政府事故調最終報告書」127頁以下参照。「国会事故調報告書」(WEB版186頁)では,「福島第二原発が福島第一原発と同じ惨状に至らなかった理由には,微妙な偶然性もあったと認める必要がある。」と指摘されている。

[62] 「7月以降の検討課題について」


 8 不合理に低い耐震設計上の重要度分類

ここでは,上記に加え,非常用ディーゼル発電機も万全ではないことを指摘する。

「考え方」では,「事故等の発生時には,非常用交流動力電源である非常用ディーゼル発電機から電力の供給を行う設計となって(いる)」とされている。

しかし,非常用ディーゼル発電機は起動失敗例も少なくない[63]。事実上電気事業連合会が運営している「ニューシア原子力情報公開ライブラリー」[64]で「非常用ディーゼル発電機」と入力して検索すると,油漏れや不具合などの非常用ディーゼル発電機の「トラブル情報等」は,国内の原子力発電所で1年当たり10件以上は見つかる。その中には,2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震の際に発生した火災によって機能喪失した例(女川原発1号機)や,同年4月7日の余震で外部電源を喪失した翌日,非常用ディーゼル発電機からの軽油漏れが見つかりこれを停止せざるを得なくなった例(東通原発1号機)もある。非常用ディーゼル発電機は万全ではなく,特に地震に起因する事故時には「想定外」の事態が発生してその機能が失われるリスクが高い。

日本では原子力発電が盛んな欧州や米国中東部と比べると,地震のリスクは比較にならない程高い。そのような地域性に鑑みても,外部電源の耐震重要度分類をCクラスに高めて地震による全交流電源喪失のリスクを可能な限り低減させることこそが合理的というべきである。

[63] 原子力安全委員会事務局「最近の主な外部電源喪失事象,非常用ディーゼル発電機(EDG)等の起動失敗事例」

[64] http://www.nucia.jp/nucia/kn/KnTop.do

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◆原告第39準備書面
第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)
1 設置基準対象施設の不備
2 重大事故等対策の不備
3 重大事故等対処施設
4 可搬型設備に過度に依拠していること
5 特定重大事故等対処施設設置の猶予は合理性を欠くこと
6 大規模損壊対策


第5 シビア・アクシデント対策の不合理性(甲369の93~120p)


 1 設置基準対象施設の不備

(1) 「考え方」が述べる新規制基準の設置基準対象施設に対する要求(第1から第3の防護レベル)には,福島第一原発事故についての言及はない。これは,福島第一原発事故を受けて策定された新規制基準は,第1から第3の防護レベルについて以前の基準からほとんど変更を行っていないからである。

(2) 原子力安全委員会委員長であった班目春樹氏は,2007年2月16日,浜岡原発運転差止訴訟の証人尋問において,次のように証言していた[41]

□非常用ディーゼル発電機が2台動かなくても,通常運転中だったら何も起きません。ですから非常用ディーゼル発電機が2台同時に壊れて,いろいろな問題が起こるためには,そのほかにもあれも起こる,これも起こる,あれも起こる,これも起こると,仮定の上に何個も重ねて,初めて大事故に至るわけです。だからそういうときに,非常用ディーゼル2個の破断も考えましょう,こう考えましょうと言っていると,設計ができなくなっちゃうんですよ。つまり何でもかんでも,これも可能性ちょっとある,これはちょっと可能性がある,そういうものを全部組み合わせていったら,ものなんて絶対造れません。だからどっかで割り切るんです。

非常用ディーゼル発電機2台が動かないという事例が発見された場合には,多分,保安院にも特別委員会ができて,この問題について真剣に考え出します。事例があったら教えてください。ですからそれが重要な事態だということは認めます。□

しかし,2011年3月11日に発生した福島第一原発事故では,非常用ディーゼル発電機2台が動かない事態が発生し,その結果,大量の放射性物質が環境に放出された。

班目氏が,同月22日,参議院予算委員会において,上記浜岡原発運転差止訴訟における自身の証言を反省する答弁をしたのはあまりにも有名である(甲369の97p以下)[42]

[41] 「静岡地方裁判所平成15年(ワ)第544号,平成16年(ワ)第9号原子力発電所運転差止請求事件第17回口頭弁論調書」

[42] 「第177回国会参議院予算委員会第7号議事録」

(3) この点に関し,国会事故調も,以下のように福島第一原発事故の要因の一つとして,原子力法規制が過去に発生した事故のみに対応するという対症療法的なものであったことを指摘し,過去に発生した事故,経験にとどまらない可能性を検討し,対応する必要性を提言している[43]

[43] 「国会事故調報告書」(WEB版)583頁

(4) しかし,上記のとおり新規制基準の設置基準対象施設に対する要求(第1から第3の防護レベル)については,以前の基準からほとんど変更が行われていない。
このような新規制基準は,国会事故調が指摘した「当該事故のみに対応するという,対症療法的,パッチワーク的改定」にとどまるものといわざるを得ない。


 2 重大事故等対策の不備

(1) 「考え方」は,福島第一原発事故を踏まえ,重大事故等対策(シビアアクシデント対策)を要求することとしたと述べる。

(2) しかし,福島第一原発事故が発生してから6年を経過した現在においてもなお,事故を起こした福島第一原発の機器損傷の状況や溶融デブリの位置・形状など原子炉内の基本情報が欠如しており,原因究明の計画すら立てられていない。特に,福島第一原発において地震によって生じた安全設備機能喪失の分析が不十分である。国会事故調報告書及びその後の事故解析は,地震による配管破損が1号機での事故原因である可能性を示唆している。

福島第一原発事故では,原子炉圧力容器や格納容器からの漏えい経路も推測の域を出ていない。原子炉圧力容器では,上部フランジからの漏えいが起きたかどうか。起きたとしたらその圧力・温度はどうか。ボルトの伸びやフランジローテーションやガスケットの挙動など,クリープは影響したかなど確認できていない。原子炉格納容器についても,水素や放射性物質の漏洩の定量的な評価が不十分である。格納容器ベントや水素爆発対策との関係からシビアアクシデント対策の有効性を慎重に検証する必要がある。また,炉心溶融後の機器や装置の作動が保障できなければ,シビアアクシデント対策は意味をなさない。

しかるに,前述のとおり,新規制基準のシビアアクシデント対策は,上記のような福島第一原発事故の十分な分析なくして策定されたものにすぎない。

(3) 「考え方」は,「独自に,敢えて格納容器が破損した場合を想定した対策を求めるなどし,加えてテロリズム対策も要求することとした」と述べるが,これらの対策は,諸外国に比べて遅れをとっており,国際的に確立された基準に従うことを求めた原子炉等規制法の明文に反している[44]

日本におけるシビアアクシデント対策は,チェルノブイリ事故を受けた1986年の検討開始から2002年の整備完了まで16年の期間を要し,1980年代から90年代前半で主なシビアアクシデント対策研究と整備が完了していた欧米に対し,大きく遅れていた[45]

福島第一原発事故で現実に格納容器が破損する事態が発生したこと,「考え方」ですら述べる深層防護の考え方等を踏まえれば,「国際基準を踏まえて」格納容器が破損した場合を想定した対策及びテロリズム対策も当然に規制上要求されるべき事項である。しかるに,とりわけテロリズム対策については未だに国際水準に達していない。かかる違法な基準が,何ら安全性を保証しないことはいうまでもない。

「国会事故調報告書」125頁図1.3.3-3 日本のシビアアクシデント対策の遅れ 【図省略】

[44] 原子力安全・保安院「シビアアクシデント対策規制の基本的考え方に関する検討(外的事象に対する対策の基本的考え方)」

[45] 「国会事故調報告書」(WEB版)124~125頁

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 3 重大事故等対処施設

(1) 想定を超える外部事象等に対応できないこと

「考え方」が述べるとおり新規制基準は,設計基準対象施設に対して,外部電源の喪失を除いては共通要因故障を想定しておらず,想定を超える外部事象等による共通要因故障が発生した場合の対策として,重大事故等対策を要求している。

このような重大事故等対策の位置付けからすれば,重大事故等対処施設は,想定を超える外部事象等が発生した場合に機能することが期待されるものであるが,基準地震動により必要な機能が損なわれないこと,基準津波により必要な機能が損なわれないこと等,想定内の外部事象等に対する機能維持しか要求されていないため,基準地震動を超える地震動や基準津波を超える津波に襲われた場合には(重大事故等対策が必要となる本来的な場面である。),必要な機能が損なわれ,対応できないおそれがある。

このように新規制基準における共通要因故障の想定ひいては重大事故等対策は,矛盾をはらんだものになっており,設計基準として共通要因故障を想定すべきであるとともに,重大事故等対処設備に対して,想定を超える外部事象等に対しても必要な機能が損なわれないことを要求すべきである。

(2) 計測装置の規制要求の改訂が行われていないこと

「考え方」は,重大事故等に対処するためには,原子炉等の状況を把握し,収集した情報を元に,事故の進展に応じた対処をする必要があると述べる。

福島第一原発事故では,計測装置に対して炉心損傷にともなう熱や放射線の環境条件が設計想定を大きく上回ったため,原子炉水位計が機能不全となり,また,原子炉圧力容器内外の温度計,格納容器圧力抑制室の圧力計,原子炉格納容器雰囲気放射線モニタなどの故障が続出した。このため,炉心の冷却状態の適切な監視ができない状況に陥り,運転員が事故対応を行う上で甚だしい困難を招いた。事故時に必要とされる系統及び機器の機能維持は,米国で起きたスリーマイル島原発事故の教訓の一つとして,当時の原子力安全委員会が摘出し電力会社に対して対処を求めたことであるが,福島第一原発事故でこの教訓がないがしろにされていたことが露呈した。この問題は,「設計条件の見直し」をしていないために,事故時に必要な機器が動かなかったことの具体的事例である。

このような過ちを繰り返さないためには,シビアアクシデント時の環境条件を適確に把握できる評価手法を確立すること,次いでその環境条件下に長期にわたり曝されても機能を維持できる計測装置類を開発し,その信頼性を実証することが必要である。少なくとも,原子炉水位計,原子炉圧力容器内外の温度計並びに格納容器圧力抑制室の水位計及び圧力計は,シビアアクシデント対応上必須の計測器であり,これらの計器がシビアアクシデント条件下で作動することを保証するか,あるいは新たな計器に置き換えられる必要がある。国会事故調も,福島第一原発事故では,電源喪失による計装系の機能喪失が大きな問題であったが,仮に電源があっても炉心溶融後は,設計条件をはるかに超えており,計測器そのものがどこまで機能するか,既設原発での計器類の耐性評価を実施し,設備の強化及び増設を含めて検討する必要があると指摘している[46]

しかし,新規制基準の検討チームは,「福島第一原子力発電所事故において問題となった原子炉水位計について,技術開発等の状況も踏まえ,規制要求の検討を行う」必要性があるとしながら,これを新規制基準施行後の検討課題として先送りにしている[47]

[46] 「国会事故調報告書」(WEB版)104頁

[47] 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム「7月以降の検討課題について」


 4 可搬型設備に過度に依拠していること

(1) 「考え方」は,可搬型設備の柔軟性等のメリットを挙げるのみで,デメリットについて何ら言及しておらず,妥当でない。可搬型設備は,基本的には人の手で対処するため,確実に機能する保証がなく信頼性に乏しい。気象・海象や事故の影響を強く受けるので,猛暑,極寒の中での作業が続くこともある。特に大規模な地震の時には,地割れや余震,交通渋滞が予想され,満足に対応できるものではない。事故の進展によっては,放射線による被ばくのおそれもでてくる。人間が対応する以上,危険や恐怖と隣り合わせの作業であることを忘れてはならない。現に,福島第一原発事故では,電源確保のためのケーブルの引き回しや接続,消火系配管などの冷却系への接続,格納容器ベント操作など,その大半が適切にできなかった。シビアアクシデント対応は,訓練をすれば必ずできるといったものではなく,条件次第で全く機能しないこともある。炉心溶融という心理的プレッシャーと時間に追われる中で,その設備が使えない可能性がある。

このように可搬型設備には,常設設備に比べて,不確実な人的対応が必要になるというデメリットがある。

常設設備の確実性については,新規制基準の検討チームも認めるところであり,「信頼性を高めるため,設計基準を超える外部事象のうち,相対的に頻度が高い事象について,一定程度の想定をした事態に,より確実に対処できる恒設設備を中心とした対策を取る」と基本的考え方を明らかにしている[48]

[48] 発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム「外部事象に対する安全対策の考え方について(案)」16頁

(2) 「考え方」は,可搬型設備のメリットのみを挙げて,重大事故等対策では可搬型設備による対策を基本とするものの,常設設備を排除するものではない旨述べるが,上記のように常設設備と可搬型設備にはそれぞれメリットとデメリットがあることからすれば,このような二者択一ではなく,いずれの対策も要求することが深刻な災害が万が一にも起こらないようにするための対策であり,求められるところである。可搬型設備のもたらす重大な危険性に鑑みれば,常設装備を明確に要求しないこと自体が不合理というほかない。

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 5 特定重大事故等対処施設設置の猶予は合理性を欠くこと

上記のとおり可搬型設備には,接続作業等の人的対応が必要となるデメリットがあり,このデメリットをカバーし得るものとして,常設設備である特定重大事故等対処施設を位置付けるべきであり,これを「バックアップ対策」にすぎないと位置付けることは相当でない。

のみならず,新規制基準は,当初,特定重大事故等対処施設の設置期限を新規制基準施行後5年間以内と猶予しており,さらに,事業者においてこの猶予期間すらも間に合わなくなったことから,工事計画認可から5年以内とさらなる猶予期間を設けるために規則改正が行われた[49]

このような設置猶予期間変更の経過を見ても,特定重大事故等対処施設の設置期限が極めて恣意的に定められたものであり,設置を猶予して再稼働を認めることには,安全性の観点から合理性を見出せないことは明らかである。

[49] 原子力規制庁「特定重大事故等対処施設等に係る考え方について」


 6 大規模損壊対策

(1)特定の事故シーケンスを想定した対策が講じられていないこと

「考え方」が述べるように新規制基準の大規模損壊対策は,特定の事故シーケンスを想定したものではない。

特定の事故シーケンスを想定しない結果,新規制基準の大規模損壊対策は,抽象的な要求にとどまり,また,根拠の乏しい想定が置かれるものとなっている。例えば,航空機の衝突による大規模損壊は,原子炉建屋の片側にしか発生せず,損壊している部分の反対側の接続口等は,健全であるという想定の下に,給水ポンプ等による給水を行うものとされているが(設置許可基準規則43条3項3号),航空機の衝突時に原子炉建屋の片側が健全であるとは限らないし,また,弾道ミサイルが直撃した場合にこのような想定を置くことができないことは明らかである。

(2)放射性物質の放出を許容するものとなっていること

「考え方」が述べるように大規模損壊対策は,炉心の著しい損傷や格納容器の破損などを「緩和」するための対策や放射性物質の放出を「低減」するための対策であり,環境に放射性物質が放出されることを許容するものとなっている。大規模損壊対策においては,重大事故等対策のようにセシウム137の放出量が100テラベクレルを下回ること等は要求されていない。

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◆原告第39準備書面
第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)
1 福島原発事故の経緯が未解明である以上、合理的な規制基準を策定しようがないこと
2 国際原子力機関の安全基準と日本の規制基準の関係‐新規制基準がIAEA安全基準を踏まえるべきは、日本法の要請であること
3 安全重要度分類の考え方
4 共通要因故障に起因する設備の故障を防止する考え方の欠如
5 偶発故障が一度に1つしか起こらないという考え方は非現実的であること


第4 規制基準の不合理性・総論(甲369の27~92pとりわけ41~92p)


 1 福島原発事故の経緯が未解明である以上、合理的な規制基準を策定しようがないこと

すでに準備書面で繰り返し述べている通り、福島原発事故の経緯は未解明である。しかも、規制委員会も、そのことを部分的には認めている。それにもかかわらず、現時点までに明らかになっていない事象は些末な事象であると強弁して、規制基準が策定可能と弁解している。

しかし,新規制基準を策定するにあたって最も重要である事故の原因ですら,国会事故調をはじめとする各報告書等によっても確定できていない。また,各報告書等によっても,核心である格納容器内部は高線量のため十分に調査できる状態ではなく,核燃料物質が格納容器のどこに,どれだけ,いかなる形態で存するのか,2号機のサプレッションチェンバー[27]の底部損傷がいつ発生したのか等,基本的な事実関係の解明にすら至っていない[28]

原子力規制委員会は,事故原因を正確に把握しないままに新規制基準を策定したのであり,この点からも新規制基準は不合理である。

[27] 格納容器の一部で,冷却材喪失事故時に放出される炉蒸気を凝縮するプール水を保持している部分をいう。福島第一原発2号機のS/Pはドーナツ型をしているのが特徴である。

[28] 田辺文也「福島第一原発事故の未解明問題と原発再稼働の科学的非合理性」(「科学」2015年8月号)


 2 国際原子力機関の安全基準と日本の規制基準の関係‐新規制基準がIAEA安全基準を踏まえるべきは、日本法の要請であること

原子力規制委員会は,IAEA安全基準を取り入れるか否かは各国の自由な判断に委ねられる旨主張するが,これは,IAEA安全基準の前文の一部の文言のみを根拠とする主張である。

しかし,日本国内の法律は,IAEA基準を取り入れるかを、原子力規制委員会の裁量になど委ねていない。

国内の法律を見ると,原子力分野における憲法とも言われる原子力基本法が福島第一原発事故を受けて改正され,「安全の確保については,確立された国際的な基準を踏まえ」ることを明示した(2条2項)。また,原子力規制委員会設置法にも,原子力利用に伴う事故発生の防止に「最善かつ最大の努力をしなければならないという認識に立」つこと,「確立された国際的な基準を踏まえ」て安全の確保に必要な施策を策定することが明記された(1条)。

これらの法改正等によって「確立された国際的な基準」を踏まえた安全性が要求されることが明文化されるに至った。そして,IAEA安全基準が「確立された国際的な基準」に該当することは,原子力規制委員会も争わないところである。

したがって,新規制基準は,「確立された国際的な基準」であるIAEA安全基準を踏まえなければならない。

またIAEA安全基準自体も,各国が自らの活動に同基準を適用することを推奨している[29]。特に,深層防護などの安全確保のための原則を規定する「基本安全原則」については「すべてのIAEA加盟国によって維持されることを保証するために,広範囲の国際的な見解の一致を求めて作成された。」,「すべての国がこれらの原則を厳守し支持することが望まれる。」[30]などと,すべての国が厳守することを求めている。

かつ、福島第一原発事故を受けた原子力安全条約(日本も締約国)の強化により,IAEA安全基準を考慮する枠組みが定められた。すなわち,原子力安全条約は,IAEA安全基準を直接取り込んでいるものではないが,2012年8月に開かれた第2回特別会合で採択された条約運用文書の改訂によって,ピア・レビュー(締約国による相互間審査)が強化された。そこにおいて,これまで条約義務とは切り離された形で存在していたIAEA安全基準を原子力の安全促進のための考慮事項とし,ピア・レビューのための国別報告の中に,安全条約上の義務を実施する際にIAEA安全基準をいかに考慮したか,または考慮するつもりかについての情報を盛り込むこととされた[31]。このように,IAEA安全基準を考慮することが原則として求められる。

このようにIAEA安全基準を考慮することが求められる国際的な流れの中で,曲がりなりにも「世界最高水準」を標榜する新規制基準がIAEA安全基準を踏まえないことはあり得ない。

仮に,原子力規制委員会が主張するようにIAEA安全基準が既存の施設に適用されるか否かは個々の加盟国の決定事項だとしても,上記のとおり日本は,まさに自国の判断として,確立された国際的な基準を既存の施設に適用する方向で法整備を行ったのであり,上記原子力規制委員会の考え方は,法律を無視したものというほかない。

そして,新規制基準は,IAEA安全基準の要求事項のうち,例えば,避難計画の実行可能性・実効性を事業者に対する規制としていない。

このように新規制基準は,避難計画の実行可能性・実効性のような人の生命・身体に直結する何よりも重要な点についてすら規定していないのであり,これが法の明文に反することは明らかである。

また,IAEA安全基準「原子力発電所の安全:設計」は,安全上の重要度分類は,必要に応じ確率論的手法で補完されなければならないと定めるところ(5.2.),日本の重要度分類指針においては,確率論的手法が用いられていない[32]

原子力規制委員会の新規制基準検討チームは,確率論的手法を用いた重要度分類指針等の見直しを必要としながら,新規制基準施行後の検討課題として先送りにした[33]

[29] 「IAEA Safety Standards Fundamental Safety Principles Safety Fundamental No.SF-1」(「基本安全原則」)2頁「1.5.」

[30] 「IAEA Safety Standards Fundamental Safety Principles Safety Fundamental No.SF-1」(「基本安全原則」)viii頁

[31] 森川幸一「インセンティブ条約の特質と実効性強化へ向けた動き」29頁

[32] 「IAEA Safety Standards Safety of Nuclear Power Plants: DesignSpecific Safety Requirements No.SSR-2/1 (Rev. 1)」(「原子力発電所の安全:設計」)

[33] 原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム「設置許可基準(SA対策規制に係るものを除く)の検討に係る論点の整理(案)」1頁


 3 安全重要度分類の考え方

「考え方」は,新規制基準が安全重要度分類を採用する理由は,それぞれの機能の重要度に応じて,十分に高い信頼性を確保することにある旨述べる。

しかし,当然のことながら,安全重要度分類の考え方を採用するだけで高い信頼性が確保できるはずもなく,適切な分類がなされてはじめて高い信頼性の確保につながるものである。しかるに「考え方」は,上記のような重要度分類指針における分類の適否,新たな知見と経験による見直しの要否等について検討を行っていない。

すなわち、原子力安全委員会の地震・津波関連指針等検討小委員会は,2012年3月14日,福島第一原発事故の教訓を踏まえ,「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」を作成し,この中で,「今回の事故において,地震動による外部電源喪失が重要な要因となっていることから外部電源受電施設等の耐震安全性に関する抜本的対策が不可欠である」,「耐震設計上の重要度分類指針の見直しの必要がある」,「津波に対する施設・設備の重要度分類を規定することも必要である」として,重要分類度指針等の見直しの必要性を指摘した[34]

国会事故調は,福島第一原発事故では,電源喪失による計装系の機能喪失が大きな問題であったが,仮に電源があっても炉心溶融後は,設計条件をはるかに超えており,計測器そのものがどこまで機能するか,既設原発での計器類の耐性評価を実施し,設備の強化及び増設を含めて検討する必要があると指摘した[35]

しかし,原子力規制委員会の新規制基準検討チームは,上記のような福島第一原発事故の教訓等を踏まえ,重要分類度指針及び耐震重要度分類の見直しを必要としながら,新規制基準施行後の検討課題として先送りにした[36]

[34] 原子力安全委員会地震・津波関連指針等検討小委員会「発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針及び関連の指針類に反映させるべき事項について(とりまとめ)」8頁

[35] 「国会事故調報告書」(WEB版)104頁

[36] 原子力規制委員会発電用軽水型原子炉の新規制基準に関する検討チーム「7月以降の検討課題について」

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 4 共通要因故障に起因する設備の故障を防止する考え方の欠如

(1) 「考え方」が述べるとおり新規制基準は,偶発事象による故障及び外務事象による故障のいずれについても,設計基準として,外部電源の喪失を除き,共通要因故障を想定していない。

しかし,福島第一原発事故のような深刻な災害が万が一にも起こらないようにするためには,設計基準においても,共通要因故障による複数同時故障を想定すべきであり,下記の点からすれば,想定していないことは明らかに不合理である。

(2) まず,東京電力は,福島第一原発事故の原因の一つが外的事象を起因とする共通要因故障防止への設計上の配慮が足りなかったことにあることを認めている[37]

また,新潟県の柏崎刈羽原発においても,2007年の中越沖地震によって3000箇所以上の設備の同時損傷が発生していた[38]

[37] 「福島第一原子力発電所の安全性に対する総括」1頁

[38] 「新潟県中越沖地震を受けた柏崎刈羽原発にかかる原子力安全・保安院の対応第3回中間報告」2010.4.8以下の15頁「不適合約3600件」
中間報告第2回14頁
中間報告書9頁

(3) IAEA安全基準「原子力発電所の安全:設計」[39]の「5全般的発電所設計」「要件24共通原因故障」は,「設備の設計は,多様性,多重性,物理的分離及び機能の独立性の概念が,必要とされる信頼性を達成するためにどのように適用されなければならないかを判断するため,安全上重要な機器等の共通原因故障の可能性について十分に考慮しなければならない」と規定している。
設計において共通要因故障を考慮することが,国際的に求められている。

[39] 「IAEA Safety Standards Safety of Nuclear PowerPlants: Design Specific SafetyRequirements No.SSR-2/1 (Rev. 1)」(「原子力発電所の安全:設計」)

(4) 詳細は甲369の79p以下に書かれてとおりだが、原子力規制委員会の発電用軽水型原子炉の新安全基準委関する検討チームも,福島第一原発事故の教訓として,・設計上の想定を超える津波により機器等の共通要因故障が発生・非常用交流電源の冷却方式,水源,格納容器の除熱機能,事故後の最終ヒートシンク,使用済燃料プールの冷却・給水機能の多様性の不足を指摘し,設計基準で検討すべき論点として,現行の「多重性又は多様性」としている要求の「多様性」への変更の要否の検討が掲げられている。同検討チーム第4回会合において配布された資料でも,多重性又は多様性を選択する際に,共通要因による機能喪失が,独立性のみで防止できる場合を除き,その共通要因による機能の喪失モードを特定し,多様性を求めることを明確にすることが求められていた。

(5) 以上のとおり,東京電力は,福島第一原発事故の原因の一つが共通要因故障防止への設計上の配慮が足りなかったことにあると認めている。また,IAEA安全基準においても,福島第一原発事故の教訓を踏まえて新規制基準の検討を行っていた検討チームにおいても,設計基準対象施設について共通要因故障を考慮することを求めている。

しかし,現行の新規制基準は,その規制上の要求が欠けており,福島第一原発事故の教訓が生かされていない。


 5 偶発故障が一度に1つしか起こらないという考え方は非現実的であること

(1) 「考え方」は,偶発故障は1つの原因から1つしか起こらず同時に複数は起こらない(単一故障)と仮定し,想定した1つの故障によって安全機能が失われないかどうかを評価するとする(単一故障の仮定)。

しかし,甲369の83p以下で指摘されているとおり,多数の偶発事故が発生した例は枚挙に暇がなく,偶発故障が一度に1つしか起こらないという想定はあまりにも不合理である。

(2) 国会事故調はもとより,政府事故調など,福島第一原発事故の調査・分析を行った複数の事故調査委員会も,単一故障の仮定による評価の不十分さを指摘している(詳細は甲369の89p以下)。

(3) ボイラー,鉄道,自動車,航空機等の技術の発展の歴史からすれば,一つの産業分野が十分な失敗経験を積むには200年かかる。それらの技術に比べて原発はまだ60年が経過したに過ぎない未熟な技術である。

人類は,ヒューマンエラーによるスリーマイル事故,設計思想の誤りによるチェルノブイリ事故,自然災害による福島第一原発事故を経て失敗経験を積んだが,懸念される事故原因がまだ残っている。テロなどの人間の悪意による事故に加え,「偶然の重なり」を挙げられる[40]。偶然の重なり,すなわち偶発故障の複数同時発生を今こそ想定し,設計基準に反映しなければならない(甲369の91pなど)。

[40] 淵上正朗ら「福島原発で何が起こったか政府事故調技術解説」161頁

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◆原告第39準備書面
第3 原子力規制委員会の「考え方」は最高裁判決に反し,司法審査の基礎とできないこと(甲369の13~26p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第3 原子力規制委員会の「考え方」は最高裁判決に反し,司法審査の基礎とできないこと(甲369の13~26p)
1 原子力規制委員会の考え方の要旨は次のとおりである(甲369の13p)
2 上記の考え方が法の明文や最高裁判決等に反すること
3 規制委員会の上記「考え方」が,今日における科学的知見にも反すること
4 原子力規制委員会が各分野について最新の専門的知見を有するという前提を欠くこと


第3 原子力規制委員会の「考え方」は最高裁判決に反し,司法審査の基礎とできないこと(甲369の13~26p)


 1 原子力規制委員会の考え方の要旨は次のとおりである(甲369の13p)。

(1) 原子力発電所の安全審査には,多方面にわたる高度な最新の科学的,専門技術的知見に基づく総合的判断が必要であり,原子炉等規制法の定めは,基準の策定について,安全確保に関する各専門分野の学識経験者等を擁する原子力規制委員会の科学的,専門技術的知見に基づく合理的な判断に委ねる趣旨である。

(2) 原子力発電所における安全性は,その危険性が社会通念上容認できる水準以下であるか,その危険性の相当程度が人間によって管理できる場合に,その危険性の程度と科学技術の利用により得られる利益の大きさとを比較衡量した上で,これを一応安全として利用するという相対的安全性によるべきである。

(3) 相対的安全性の具体的な水準は,原子力規制委員会が,時々の最新の科学技術水準に従い,かつ,社会がどの程度の危険までを容認するかなどの事情をも見定めて,専門技術的裁量により選び取るほかはなく,原子炉等規制法は,設置許可に係る審査について,原子力規制委員会に専門技術的裁量を付与するに当たり,この選択をも委ねたものである。


 2 上記の考え方が法の明文や最高裁判決等に反すること

(1) 法の明文に反すること

「考え方」の最も重大な問題は,福島第一原発事故後の法改正の経緯や趣旨に一切触れておらず,これらを無視している点である。同事故によって生じた結果の重大性を立法事実として,同事故の反省を踏まえ,そのような深刻な原発災害を二度と起こさないようにする,ということこそが上記法改正の趣旨であり,推進の論理に影響されることなく,厳格に安全性を確保しなければならないこととされたことは,国会事故調報告書,立法時の国会における議論,衆議院環境委員会決議文及び参議院付帯決議などからも明らかである。そして「考え方」がこれらの立法に反していることは,一読して明らかである。

(2) 最高裁判例に反すること‐専門技術的「裁量」と政策的裁量の混同

原子力規制委員会が上記「考え方の要旨」2のように考える根底には,原子力技術も科学技術の一つである以上,他の科学技術と同様,一定のリスクは社会として負担すべきであるという価値判断が存在すると思われる。しかし,万が一深刻な事故が発生してしまった場合の被害の甚大性[17]に照らして,他の科学技術と全く同様の安全性しか要求されないということはできない[18]。伊方最高裁判決が「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」と判示しているのも,まさにこの意味においてである。また,「裁量」の内容・範囲を画するには,法が原子力規制委員会に「裁量」を認めている趣旨を考える必要があるが,前述のとおり伊方最高裁判決は、法が行政庁に専門技術的「裁量」を認めている趣旨は,原子力発電所による「深刻な災害が万が一にも起こらないようにする」ためとする。また原子力規制委員会設置の目的は,福島第一原発事故の反省に立って,事故の「防止に最善かつ最大の努力」を行い,国民の生命をはじめとする諸利益の保護等に資するためであって(設置法1条),原子力規制委員会の任務は,そのために,「原子力利用における安全の確保を図ること」にあるのであるから(同法2条),専門技術的「裁量」の内容や範囲は,そのような趣旨・目的等に照らして厳格に解されなければならない。

現に伊方最高裁判決は,政治的政策的裁量と同様の広汎な裁量を認めたものと誤解されることを避けるため,判決文に「裁量」という語を用いていない[19]

1991年の裁判官会同概要集録でも,原発の安全性審査において,政治的,政策的裁量の余地がないことを明言し,専門技術的裁量について,さらに細かく2つの考え方を示している。1つは,比較的広汎に専門技術的裁量を認める立場であり,例えば,「幾つかの科学的学説のうち,いずれを採ることも許される」というものである。もう1つは,行政庁として,最高水準の科学的知識に基づいて常に最良の学説を選択し,科学的に正しい判断をするべきであると考えるもので,裁量の範囲を厳格に捉えるものであり,後者が推奨されている[20]

福島第一原発事故以前からこのような考え方が紹介されていたにもかかわらず,実際の裁判では必ずしもその理解が十分ではなかった。同事故後,法改正の趣旨等も踏まえれば,上記会同概要集録にいう後者の見解,専門技術的裁量の範囲を厳格に捉える立場が採用されるべきであり,これこそが伊方最高裁判決を正しく解釈するものである。

にもかかわらず,上記「考え方の要旨」3のとおり原子力規制委員会は,「時々の最新の科学技術水準に従い,かつ,社会がどの程度の危険までを容認するかなどの事情をも見定めて,専門技術的裁量により選び取るほかはな」いとして,政策的判断についてまで原子力規制委員会の裁量が及び,司法審査が及ばないかのような主張を行っている。

伊方最高裁判決においても,行政庁に認められる「裁量」は政治的,政策的裁量とはその性質の異なる専門技術的裁量(そもそも「裁量」という言葉自体用いていない)であり,「社会がどの程度の危険までを容認するか」という,まさに政策に関わるような事柄に対する裁量までは認められていない。このような事項についてまで裁量を認めよ,というのは,福島第一原発事故以前の司法審査から,さらに後退させるような主張であり,同事故後,断じて採用することはできない。

また,法が原子力規制委員会に対して,事故の「防止に最前かつ最大の努力をしなければならないという認識に立」つことを求め,「確立された国際的な基準を踏まえ」ることを要求している趣旨からすれば(設置法1条),法が「考え方」が述べるような広範な裁量を認めていないことは明らかである。

[17] 他の科学技術が事態の進展に伴って終息していくのに対し,I)原発事故は事態の進展に伴ってむしろ拡大していく点,II)トライアルアンドエラーによる実験と実証,検証を踏まえた安全性の向上という過程を踏むことができない点,III)地震や火山など科学的に不確実な現象に対応しなければならない点,並びに,IV)原発事故被害が,i)遺伝子を傷つけて回復できないという意味での不可逆・甚大性,ii)極めて広範な地域に大量の放射性物質をまき散らすという広範囲性,iii)半減期が長く,原発の利用を承認していない将来世代にも深刻な被害を生じさせかねないという長期・継続性,及び,iv)地域のコミュニティを根こそぎ破壊するという全体性という特徴を有する点など,他の科学技術にはない被害の特殊性が存在する。

[18] 一般に,被る被害が質的・量的に甚大であればあるほど,より高度の安全性が求められる(蓋然性の小さい事象に対しても対応しなければならない)という理念を,「反比例原則」と呼ぶ。

[19] 伊方最高裁調査官解説は,判決が「裁量」という文言を用いなかった理由として,「『専門技術的裁量』が,安全審査における具体的審査基準の策定及び処分要件の認定判断の過程における裁量であって,一般にいわれる『裁量』(政治的,政策的裁量)とは,その内容,裁量が認められる事項・範囲が相当異なるものであることから,政治的,政策的裁量と同様の広汎な裁量を認めたものと誤解されることを避けるためであろう」としている(417頁)。

[20] 最高裁判所事務総局「平成3年行政裁判資料第64号行政事件担当裁判官会同概要集録(その五)中巻・手続法編Ⅰ」は,「核燃料物質の使用施設が安全か否かは,高度の科学的判断が必要」ではあるものの,「政治的裁量の場合のように,諸々の事情が関係し,政治的立場等により幾つかの考え方がいずれも成り立ち得るが,そのどれを採るかは行政庁にゆだねられているといった性質のものではないように思われる」と述べている(652~653頁)。

(3) 確定した高裁判決違反-単純な比較衡量論は採用しえないこと

また,上記「考え方の要旨」2によれば,原子力規制委員会は,「その危険性の程度と科学技術の利用により得られる利益の大きさとを比較衡量」するとしている。

ここでいう「比較衡量」の意味は定かではないが,原発訴訟における比較衡量の在り方について整理すると,図表1のようになる。

図表1 原発訴訟における比較衡量と安全性の下限 【図省略】

図表1の黒色曲線(必要性が高ければ安全性は低くても良い)が,必要性・公益性と安全性との一般的な比較衡量論であるが,これは志賀原発2号機控訴審判決によっても明確に否定されているものであり[21],推進側の論理に影響されないという前記衆議院環境委員会の決議文にも抵触するものであって到底採用し得ず,原子力発電所の安全性には,必要性・公益性がいかに大きくとも下回ることができない,いわば下限が存在することは,従来の裁判例からも優に認められる。

しかも,上記「考え方の要旨」3によれば,「社会通念」の水準の選択についても,法は,原子力規制委員会の選択に委ねたものとしているが,これは余りにも司法を軽視し,安全を軽視する考え方といわざるを得ない。具体的な水準を原子力規制委員会がいかようにも決めてよいというのは,図表1でいう「社会通念」とは,原子力規制委員会の「社会通念」と認めたものということになるのであって,そうすると,原子力規制委員会が安全と認めたものは全て安全ということになり,司法審査は一切及ばないという極めて不当な結論になる。かかる「考え方」の記載には,原子力規制委員会による司法軽視の態度が端的に表れている。

[21] 志賀原発2号機控訴審判決は,「原子力発電所の利用により得られる利益がいかに大きなものであったとしても,その危険性の程度を緩和することはできず,…(略)…放射線,放射性物質の環境への排出を可及的に少なくし,これによる災害発生の危険性を社会通念上無視し得る程度に小さなもの」に保つことを要するとしている。なお,女川原発控訴審判決は,単純な比較衡量論ではなく,原発の稼働により,周辺住民に「具体的な危険をもたらすおそれのある場合には,いかにその必要性が高くとも,その建設・運転が差し止められるべき」であるが,逆に,原発の「必要性が著しく低いという場合には,これを理由としてその建設・運転の差止めが認められるべき余地がある」と,片面的な比較衡量論を採用している(図表1の緑色実線)。

(4) 学説及び海外の裁判実務

科学に不確実性が存在する場合の安全性の判断方法について,名古屋大学法科大学院の下山憲治教授は,唯一正しい解決に向けた意思決定(法の適用)ができるとは限らず,例えば,要件を充足していないのに「充足している」と誤判定し権利・自由を制限してしまう「第一種の過誤」と,逆に,充足しているのに「充足していない」と誤判定し保護すべき権利利益に被害が発生してしまう「第二種の過誤」という統計学上の区分を参考に,対象となる法制度の趣旨・目的が指向する方向性が「第一種の過誤」の回避にあれば「疑わしきは自由のために」,「第二種の過誤」の回避にあれば「疑わしきは安全のために」という基本方針に結びつく,と述べる[22]

そして,原子力発電所の持つ潜在的な危険性,事故が起こった場合の被害の特殊性や福島第一原発事故後の法改正の趣旨に照らせば,原子力発電所の規制においては,当然に「第二種の過誤」の回避,すなわち,「疑わしきは安全のために」という基本方針が採用されなければならない[23]

図表3 第1種の過誤と第2種の過誤の整理 【図省略】

このような考え方は,ドイツの原発訴訟において一般的に採用されている方法である。
ドイツでは,原子力法において「原子力の危険と電離放射線の有害な作用から生命・健康・財産を保護すること」が目的とされており(原子力法1条2号),必要とされる事前配慮がある場合には,技術的に不能であっても措置を講じなければならず,技術の活用に対する人の生命・健康の価値の優越性が承認されている[24]。このような規定ぶりは,日本の法規制と大きく異なるところはない。

ドイツにおいても行政庁の裁量は認められているが,このような法の趣旨に照らし,その裁量には,①現存する不確実性を排除するために,工学上の経験則に準拠するだけでは足りず,科学(理論)的な想定や計算に過ぎないものをも考慮に入れなければならず,②全ての支持可能な(代替可能な)科学的知見を考慮に入れなければならず,支配的な見解に寄りかかることは許されず,③十分に保守的な想定をもってリスク調査やリスク評価に残る不確実性を考慮に入れなければならない,という制約が存在する[25]

これまでの原発訴訟において,事業者ないし行政庁は,住民側が指摘する不確かさの考慮について正面から反論することなく,「全体として適切に考慮している」とか,自らの主張のみを提示して,合理性があるとのみ説明してきた。これでは,裁判所は,事業者ないし行政庁がなぜ住民側の指摘する問題を考慮しないのか,その判断の過程を追うことができない。判断の過程を追うことができないということは,事業者ないし行政庁の説明が不十分であるということにほかならず,その判断に過誤,欠落があったとして裁量の濫用・逸脱があったものと推認せざるを得ないのである。大津地裁2016年3月9日高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定も,まさにこの点を問題視して事業者の説明が不十分であると判断していると考えられる。

[22] 下山憲治「行政上の予測とその法的制御の一側面」(「行政法研究」第9号)72頁

[23] このような「疑わしきは安全のために」という基本方針が採用されている例として,食品衛生法7条1項が挙げられる。同項は,「人の健康を損なうおそれがない旨の確証がないもの」について,食品衛生上の危害の発生を防止するために必要があると認めるときは,その食品の販売を禁止することができるという規定であるが(2項にも同様の表現がある),これは,人の健康を損なうおそれがある場合のみならず,その疑いを払拭できないという「いずれとも判断できない場合」を含むものであって,権限行使が必要であるにもかかわらず,行使しないという過誤(第二種の過誤)を回避する考え方である。下山憲治教授は,原発についても第二種の過誤を回避する考え方が妥当することを前提として,司法審査における具体的な基準を提案している(前掲「行政上の予測とその法的制御の一側面」79頁)。

[24] 日本エネルギー法研究所「諸外国における原子力発電所の安全規制に係る法制度‐平成22・23年度原子力行政に係る法的問題研究班研究報告書‐」4~5頁

[25] 日本エネルギー法研究所「諸外国における原子力発電所の安全規制に係る法制度‐平成22・23年度原子力行政に係る法的問題研究班研究報告書‐」10,20~21頁

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 3 規制委員会の上記「考え方」が,今日における科学的知見にも反すること

(1) 原子力技術の観点より‐限定的な意味での「絶対的安全性」であれば達成されるべきであり、達成も可能であること

また,「考え方」によれば,絶対に災害発生の危険がないという「絶対的な安全性」というものは,達成することも要求することもできないとされている。この点,「いかなる軽微な事故も絶対に起こらない」という意味での絶対的安全性,いわゆるゼロリスクについては,達成不可能であり,要求も困難であろう。

しかし,例えば,鉄道を高架化することで「踏切死亡事故」を絶対に起こさないようにする,という限定的な意味であれば絶対的安全性は達成可能であるし,実社会で現に要求されてもいる。また,福島第一原発事故発生当時にNRC委員長であったグレゴリー・ヤツコ氏は,現在の原子力発電所について,「バッド・デザインである」と述べている[26]。つまり,本来であれば限定的絶対的安全性が確保されるようなグッド・デザインが採用されるべきであるが,現状としてそのような設計ができないということであり,少なくとも,福島第一原発事故発生当時にNRC委員長であった同氏がそのようなレベルの安全性を志向しているということは,極めて興味深い事実である。

[26] 佐藤暁「ヤツコ元NRC委員長との対話から:原子力発電の将来‐『バッド・デザイン』と一蹴するヤツコ氏の真意」(「科学」2015年4月号)

(2) 地震学の観点より‐科学の不確実性と管理可能性

上記「考え方の要旨」2によれば,原子力規制委員会の考える「相対的安全性」とは,①その危険性が社会通念上容認できる水準以下であるか,②その危険性の相当程度が人間によって管理できると考えられる場合に,その危険性の程度と科学技術の利用により得られる利益の大きさとを比較衡量した上で,これを一応安全として利用することであるという。

しかし,②の前提については,前記のとおり地震を含む地球物理科学には非常に大きな不確実性が存在するため(纐纈一起教授の地震学の三重苦を想起されたい。),「②危険性の相当程度が人間によって管理できる」状況にあるとは到底考えられない。
②のような前提を持ち出すこと自体,科学の不確実性に対する謙虚さが全く見られないというほかない。

このことは,名古屋高裁金沢支部に係属する同種訴訟(同支部平成26年(ネ)第126号)において行われた島崎邦彦氏の証人尋問からも明らかにされた。以下、証言内容の主な点を再掲する。

  1. 入倉・三宅式は,地震発生後に震源インバージョン等により解析された断層面積を当てはめればおおよそ妥当な結果を得られるが,地震発生前に確認できる活断層の長さを当てはめると地震動の大幅な過小評価となり,入倉・三宅式を基準地震動の算定に用いた原発では基準地震動が過小に算定されていること
  2. このように,本件原発(近代的観測手法が導入されて以来、大規模な地震が近傍で発生しておらず、「事前に」データを入手しにくい)につき入倉・三宅式を用いて基準地震動を算定すると過小評価になること自体は,島崎氏のみが主張していることではなく,東京大学の纐纈一起教授や三宅弘恵教授の見解からも示されていること
  3. 地震本部が2016年12月9日に行ったレシピの改訂によっても,過去の地震記録のない本件原発において入倉・三宅式を用いて基準地震動を推定する手法は事実上否定されており,この点で基準地震動の審査は不十分で,「最新の研究成果を考慮」するとした審査ガイドにも反した欠陥があること


 4 原子力規制委員会が各分野について最新の専門的知見を有するという前提を欠くこと

さらに、原子力規制委員会の構成が違法であることは「第2」で述べた通りであるが,これに加え、原子力規制委員会が安全確保に関する各専門分野の学識経験者等を擁するという事実も存在しない。例えば,火山事象に関しては,原子力規制委員会が専門的知見を有するとは到底思われず,現に,川内原発の運転差止について判断した福岡高裁宮崎支部決定も,火山に関する規制委員会の見解が不合理であると指摘した(詳細は「第11」で述べる)。地震現象に関しても,島崎邦彦前原子力規制委員会委員長代理が指摘した「入倉・三宅式問題」の検討において,原子力規制委員会が事務方である原子力規制庁からの意見や提案を検証することすらできないという実態が明らかになっている。

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◆原告第39準備書面
第2 原子力規制委員会の構成における違法(甲369の1~12p)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次

第2 原子力規制委員会の構成における違法(甲369の1~12p)
1 前提:国会事故調は両議院の同意を得て両議院の議長が任命した委員長及び委員に選任されたこと,およびその提言内容
2 原子力規制法2条2項、及びIAEA安全基準
3 欠格要件に関する法の明文規定、国会で明らかにされた立法者意思、及びガイドライン
4 選任された委員長及び委員が欠格事由に該当すること


第2 原子力規制委員会の構成における違法(甲369の1~12p)


 1 前提:国会事故調は両議院の同意を得て両議院の議長が任命した委員長及び委員に選任されたこと,およびその提言内容

東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)は,東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法により両議院の同意を得て両議院の議長が任命した委員長及び委員(計10名)が東京電力あるいは政府という事故の当事者や関係者から独立した調査を国家の三権の一つである国会の下で行うために設置された委員会であり,2012年7月5日,両議院の議長に国会事故調報告書[7]を提出した。

国会事故調は,福島第一原発事故の根本的原因として,地震及び津波対策の未実施並びにシビアアクシデント対策の不備を挙げ,これらは,規制当局と事業者との間で,「原発はもともと安全が確保されている」という大前提が共有され,既設炉の安全性,過去の規制の正当性を否定するような意見や知見,それを反映した規制,指針の施行が回避,緩和,先送りされるように落としどころを探り合う中で生じたものであることを指摘している[8]

このように規制当局が規制の先送りや事業者の自主対応を許すことで,事業者の利益を図るなど,規制当局の推進官庁及び事業者からの独立性が形骸化していた結果,福島第一原発事故が発生した。

国会事故調は,「規制当局は組織の形態あるいは位置付けを変えるだけではなく,その実態の抜本的な転換を行わない限り,国民の安全は守られない。国際的な安全基準に背を向ける内向きの態度を改め,国際社会から信頼される規制機関への脱皮が必要である。また今回の事故を契機に,変化に対応し継続的に自己改革を続けていく姿勢が必要である」と結論付け[9],新しい規制組織の要件として,「①政府内の推進組織からの独立性,②事業者からの独立性,③政治からの独立性を実現し,監督機能を強化するための指揮命令系統,責任権限及びその業務プロセスを確立する」という「高い独立性」を要件とすることを提言している[10]。政府事故調も,ほぼ同様の提言をしている。

[7] 「国会事故調報告書」(WEB版)

[8] 「国会事故調報告書」(WEB版)10~12頁

[9] 「国会事故調報告書」(WEB版)18頁

[10] 「国会事故調報告書」(WEB版)21頁


 2 原子力規制法2条2項、及びIAEA安全基準

福島第一原発事故を受けて改正された原子力基本法2条2項が安全の確保について「確立された国際的な基準を踏まえ」て行うものとしているところ,原子力規制機関として必要な独立性,中立性について,IAEA安全基準の「政府,法律及び規制の安全に対する枠組み」(GSRPart1(Rev.1))は,原子力規制機関は,その安全関連の意思決定に対する不当な影響から実効的に独立していることを確実なものとしなければならない,その意思決定に不当な影響を及ぼす可能性のある,責任又は利害を持つ組織とは機能面で分離されていることを確実なものとしなければならないとしている。したがって,原子力規制委員会もかかる要件を満たさなければならない。

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 3 欠格要件に関する法の明文規定、国会で明らかにされた立法者意思、及びガイドライン

原子力規制委員会設置法(設置法)7条7項は委員長及び委員の欠格要件について定めるところ,その趣旨は,委員就任時はもちろんのこと,過去に原子力事業者の役員や従業者であったという経歴を有することは,欠格事由に該当する,あるいはこれに準ずると捉える点にある。

このことは,設置法案審議中の2012年6月18日及び翌19日の参議院環境委員会において,立法者の意思として確認されている。

同月18日の参議院環境委員会では,委員長及び委員の独立性について,下記質疑がなされており,過去に原子力事業者の役員や従業者であったという経歴を有することは,欠格事由に該当する(準ずる)ことが確認されている[11]

〇水野賢一君
…(略)…
だから,ちょっと立法者の意思として教えてもらいたいと思うんですけど,例えば東京電力とか原発を持っているような会社の役員だった,過去に役員だった人とかというのは,これ委員になれるんですか。

〇衆議院議員(生方幸夫君)
…(略)…
普通に考えて,今般の東電の事故を見ても,いわゆる原子力村というふうに言われている人たちの中で行われていたことが事故を拡大させたということもございましたので,これからつくられる原子力規制委員会については,そういう村にかつて属して,どっぷりつかった人たちが委員になる,あるいは委員長になるということは考えられないし,それが適当であるというふうには私は思いません。

〇国務大臣(細野豪志君)
…(略)…
そこは,これからの委員の選定というのは,もちろん法的な欠格事由も明確にした方がいいと思いますし,法律的にそうなっていますから,今回は。さらには,それにとどまるのではなくて,ガイドラインを設けて厳しい基準の下でやると。さらに,それに上乗せをしてさらに情報公開という,やはり三段階ぐらいの厳しさを持たないと国民の皆さんから受け止められないというふうに思うんですね。

翌19日の参議院環境委員会においても,下記質疑がなされており,過去に原子力事業者の役員や従業者であったという経歴を有することは,欠格事由に該当する,あるいはこれに準ずると捉えることが法の趣旨であることが確認されている[12]

〇水野賢一君
…(略)…
要は,この法案(引用者注:原子力規制委員会設置法案)の7条にもいろいろと書いてあることというのは,つまり原子力関係者たちは駄目よみたいなことは確かに書いてあるんですけど,これを見ると,法文だけ見ると現在のことのように見えるんですけど,これは現在だけじゃなくて過去もそれに準ずるという理解でよろしいんでしょうか。
…(略)…

〇衆議院議員(近藤昭一君)
…(略)…
準ずるということでございます。

そして,内閣官房原子力規制組織等改革準備室は,2012年7月3日,「中立公正性及び透明性の確保を徹底することが必要」であるとして,原子力規制委員会の委員長及び委員の要件について,上記設置法7条7項の欠格要件に関するガイドライン「原子力規制委員会委員長及び委員の要件について[13]」を定めた。同ガイドラインでは,就任前直近3年間に,同一の原子力事業者等から,個人として,一定額以上の報酬等を受領していた者は欠格者とされた。

[11] 「第180回国会参議院環境委員会会議録第6号」31頁

[12] 「第180回国会参議院環境委員会会議録第7号」9~10頁

[13] 内閣官房原子力規制組織等改革準備室「原子力規制委員会委員長及び委員の要件について」


 4 選任された委員長及び委員が欠格事由に該当すること

ところが実際に選任された原子力規制委員会の委員には,下記のとおり設置法7条7項3号又は上記ガイドラインにおける欠格事由があった[14]

政府は,2012年7月26日,国会に原子力規制委員会の委員長及び委員の人事案を提示したが,人事案を提示した時点において,委員候補とされていた更田豊志氏(現在は委員長代理)は,独立行政法人日本原子力研究開発機構の副部門長であった。同機構は,高速増殖炉もんじゅを設置し,東海再処理工場を保有する原子力事業者であり,まさに設置法7条7項3号の定める再処理事業者と原子炉設置者に該当することが明らかであった。

また,委員候補とされていた中村佳代子氏についても,公益社団法人日本アイソトープ協会のプロジェクトチーム主査であった。同協会は,研究系・医療系の放射性廃棄物の集荷・貯蔵・処理を行っており,「原子力に係る貯蔵・廃棄」の事業を行う者であり,設置法の施行後は原子力規制委員会による規制・監督に服することになるのであって,設置法7条7項3号の定める原子力事業者等に該当することが明らかであった。

その結果,独立行政法人日本原子力研究開発機構(旧動燃)副理事長,原子力委員会委員長代理,原子力学会会長を歴任し,まさに福島第一原発事故の発生に直接的又は間接的に寄与した人物というほかない田中俊一氏が委員長に選任された。

しかも,政府が2012年7月26日に提案した人事案に基づく委員長及び委員の選任については,法が要求する両議院の同意(設置法7条1項)すらないままに選任が断行された[15]

当該人事案については,上記のとおり欠格要件に該当する者や明らかな不適格者が含まれていたため,「人事案撤回」の世論が日増しに強まり,野党議員はもとより与党議員の中からも,委員長及び委員候補の適格性と選任の適法性への疑問が強く提起され,結局,1か月以上国会で議論しても同意が得られず,2012年9月8日に国会が閉会するに至った。

ところが,政府は,同月19日,設置法附則2条3項の定める原子力緊急事態宣言がされている場合の特例を根拠として,国会の同意なしに委員長及び委員の任命を断行した。しかし,本件がかかる特例が適用される場合にあたらないことは明らかである。

このように国会の同意という,法が明文で要求する民主的プロセスすら無視して原子力規制委員会の委員長及び委員は選任された。さらに,2014年9月に改選された委員についても,下記のとおり法の趣旨又はガイドラインに抵触する選任がなされた[16]

田中知氏については,日本原子力産業協会役員(2011年~2012年),エネルギー総合工学研究所役員(2014年4月22日現在現職)等の経歴があり,また,三菱FBRシステムズ「アドバイザリー・コミッティー」(2014年6月まで)及び日本原燃「ガラス固化技術研究評価委員会委員長」(同年3月まで)を有報酬で務めていた。政府は,上記ガイドラインにおける「原子力事業者等」の定義について,「電力会社に加え,電力会社の子会社等経済的に強いつながりが認められるもの」とし,日本原子力産業協会を例示していたから,同協会の役員であったことのみをもってしても,同氏が上記法の趣旨又は上記ガイドラインの欠格要件に該当することは明らかであった。

また,同氏は,東電記念財団から50万円以上の報酬等(2011年度),日立GEニュークリア・エナジーから60万円の寄付(同年度),太平洋コンサルタントから50万円の寄付(同年度)等,就任直近3年間に原子力事業者等から報酬等を受領しており,原子力事業者等との癒着の度合いも強かった。

しかも,井上信治環境副大臣は,2014年5月28日の参議院原子力問題特別委員会において,上記ガイドラインの欠格要件を適用せずに人選した旨答弁した。

かかる違法な経緯で構成された原子力規制委員会の審査が,何ら安全性を保障しないことは明らかである。

[14] 日本弁護士連合会「原子力規制委員会委員の人事案の見直しを求める日弁連会長声明」

[15] 日本弁護士連合会「国会同意を経ない原子力規制委員会人事決定に関する日弁連会長声明」

[16] 原発ゼロの会「田中知氏の原子力規制委委員会委員への任命案について(談話)」

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◆原告第39準備書面
第1 はじめに(甲369の序論部分参照)

2017(平成29)年10月27日

原告第39準備書面
-原子力規制委員会の「考え方」が不合理なものであること-

目次


第1 はじめに(甲369[4 MB]の序論部分参照)

原子力規制委員会は,2016年6月29日開催の会議において,原子力規制庁が作成した「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方について」(以下「考え方」という。
丙69)を了承した[1]。「考え方」は,この僅か1回の会議で策定され,その後,同年8月24日に改訂されている[2]

原子力規制庁の説明によれば,「考え方」は,新規制基準の内容や考え方について,設置許可基準規則を中心に解説する資料として作成されたものであり[3],更田委員によれば,「考え方」は,法律や規則で要求しているものと安全対策をつなぐ,安全対策の基本的な考え方を理解するための文書ということである[4]

しかし,上記のとおりわずか1回の会議を経たのみで策定されたことや,田中委員長が上記会議において訴訟対策として「考え方」を作成したと発言し(甲369のi~iiページ参照),これを受けて「考え方」が了承された[5]ことからも示されるように,この「考え方」は,法が要求する,最新の科学的知見を反映させた万全の安全対策を示したものではない。

また,「考え方」はあくまでも,原子力規制委員会の「主張」を記載しているに過ぎない。「考え方」の項目の中には,これといった理由を述べることなくほとんど結論しか述べていない項目が多い。このような「考え方」が「原子力規制委員会がそのように結論付けている」という理由だけで安易に採用されるとすれば,必然的に誤った判断を招き,司法が単に行政に追随するだけの機関に堕すことになる。

そして,上記懸念は,杞憂とはならず,大津地裁2016年3月9日高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定の抗告審において,大阪高裁は,「考え方」の内容の当否を検討することなく,「原子力規制委員会がそのように結論付けている」という理由だけで「考え方」を安易に採用し,2017年3月28日,高浜原発3・4号機運転差止仮処分決定を取り消した[6]。かかる判断が明らかに誤りであることは,同決定が原子力規制委員会の委員長代理という要職にあった,我が国を代表する地震学者である島崎邦彦氏の科学的知見を「不合理」と断じたことからも明らかである。

「考え方」の中には,法令の規定,確立された国際的な基準,あるいは今日の科学的知見に反する記載が随所に見られる。このような不合理な「考え方」に基づいて作成された新規制基準に依拠した審査では,深刻な原発事故の発生が避けられない。このことの詳細は甲369で,客観的な証拠を摘示した上で詳しく述べられており,原告らもこれらの記載を援用するが,本準備書面においては特に,その中でも要点に絞って主張する。

本件の審理にあたっては,安全性を著しく軽視する原子力事業者及び規制当局に安易に追従して福島第一原発事故を招いた司法の反省を踏まえ,同報告書(甲369)の内容を十分ご検討いただき,新規制基準や適合性審査の合理性・妥当性については慎重に吟味し,福島第一原発事故のような悲劇を二度と繰り返さないという改正された原子力関係法令の趣旨を実現していただくよう求めるものである。

[1] 「平成28年度原子力規制委員会18回会議議事録」27頁
(当初の書面記載リンク「https://www.da.nra.go.jp/file/NR000027749/000155742.pdf」はリンク切れとなっているので、リンクを更新しています。2024/5/5 吉田)

[2] https://www.nsr.go.jp/data/000155788.pdf

[3] 「実用発電用原子炉に係る新規制基準の考え方に関する資料の作成について」
(当初の書面記載リンク「https://www.da.nsr.go.jp/file/NR000027589/000155313.pdf」はリンク切れとなっている。なお「新規制基準の考え方」検討報告書~原子力規制委員会の欺瞞~2017年6月1日策定 脱原発弁護団全国連絡会 → こちら を参照のこと。2024/5/5 吉田)

[4] 「平成28年度原子力規制委員会18回会議議事録」25頁
( [1] に同じ)

[5] 「平成28年度原子力規制委員会18回会議議事録」27頁
( [1] に同じ)

[6] http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/742/086742_hanrei.pdf

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