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◆原告第64準備書面
第1 被告関西電力準備書面16について

原告第64準備書面
-被告関西電力準備書面(16)に対する反論等-

2019年7月26日

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第1 被告関西電力準備書面16について
1 被告関西電力の主張
2 震源断層モデルがスケーリング則に整合していても観測点での地震動が過小評価となっている危険性があること
3 入倉他論文(丙232)の問題点


第1 被告関西電力準備書面16[12 MB]について


 1 被告関西電力の主張
被告関西電力は、大飯発電所の基準地震動評価に用いている入倉・三宅の式によるスケーリング則の妥当性が各方面から検証されていると述べ、基準地震動が過小評価ではなく耐震安全性は確保されていると主張し、具体的には熊本地震に関する入倉他の論文(丙232[10 MB])や原子力規制庁の報告(丙206[15 MB])、引間・三宅(丙233[3 MB])などを引用している。

しかし、これらの主張は、算定される地震動が過小評価となっているとの原告の主張に対する反論としては的外れであり、失当である(甲497)。熊本地震の断層モデルが入倉・三宅の式によるスケーリング則と整合するとしても、観測点での地震動が過小評価となっている危険性は全く否定できない。
いわんや、地震発生前に限りある情報から策定される基準地震動においては予測精度はさらに悪くなるため、過小評価の危険性はより顕著であり、耐震安全性は何ら担保されない。

そこで以下、震源断層モデルがスケーリング則と整合していても地震動が過小評価となっている危険性は全く否定できないこと、それどころか、地震発生後の強震観測記録を用いた後追い予測の場合ですら、個々の観測点での合成波形と観測波形との一致度(再現性)は観測点によって0.2~5倍の範囲で変動し、標準偏差は1.7倍に達すること、地震動の算定にとって重要な要素である強震動生成域(SMGA)の位置が確定されないことから、地震動が過小評価となっている具体的な危険性があることについて述べる。
なお、被告関西電力が引用している上記論文等はいずれも熊本地震(のモデル断層)がスケーリング則に整合していると述べる点で同じ内容であるため、以下、入倉他の論文(丙232[10 MB])を例に述べる。

 2 震源断層モデルがスケーリング則に整合していても観測点での地震動が過小評価となっている危険性があること

  (1) 概要

上記のとおり被告関西電力は、熊本地震に関する入倉他の論文(丙232[10 MB])を引用するなどして、入倉・三宅の式についてはスケーリング則に整合しておりその妥当性が検証されていると主張している。

なぜそのように熊本地震(のモデル断層)が震源断層面積と地震モーメントについてのスケーリング則に整合しているのかの理由は、1つには波形インヴァージョン結果の断層モデルをトリミングにより修正するためであり、もう1つには関係式の標準偏差が大きいことから(0.72~1.38倍)、それだけ「整合している」となる範囲が広いためである。しかし、スケーリング則に整合していても、個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらつき、さらには強震動生成域(SMGA)も確定しないという問題があるため、強震動予測との関係では、ある地点において、モデル断層から計算された地震動が過小評価になっている危険性を払拭できることにはならない。スケーリング則に整合するかどうかと、地震動が過小評価かどうかとは別個の問題なのである。

  (2) 自己矛盾のない解析方法であること

入倉他(丙232[10 MB])は、先行して発表された3つの論文を引用して熊本地震(のモデル断層)が地殻内地震のスケーリング則に整合する標準的な地震であることを論じているが、それらの論文における断層モデルのセグメントは1枚から4枚と枚数が全く異なっており、面積も756平方キロメートルから1344平方キロメートルと1.78倍もの開きがある上、基準地震動の策定に最も重要なアスペリティの位置に至っては水平方向に10キロメートル程度、深さ方向に5キロメートル以上の違いがあるにもかかわらず、いずれのモデル断層もスケーリング則に整合しているとの結論となっている。これほど多種多様なモデル断層であるのに全て「整合」する理由は、インヴァージョンによって求まるすべり量の小さい領域はトリミング基準によって除外するという、自己矛盾のない解析方法に拠っているからである。

ここでいうトリミング基準とは、Somerville et al.(1999)のトリミング法(trimming criterion)を指す。すなわち、多くの場合、断層破壊面は全ての破壊領域を含むよう大きめに仮定されるのでトリミング基準(trimming criterion)によって小さくする。n×m個の要素断層で構成される矩形断層面において、インヴァージョンによって各要素のすべり量が推定されたとして、断層面の縁(ふち)の要素の行または列の平均すべり量が全断層面の平均すべり量の0.3未満である場合、その行または列を断層面から除外する。最初に最小のすべり量の行または列を除外して平均すべり量を基準化し、縁の全ての列と行のすべり量が全体の平均すべり量の0.3以上であるようになるまでこの操作を繰り返す。

このように、トリミング基準により全断層面の平均すべり量の0.3未満である断層面の縁の要素の行または列は除外され、同様の操作が繰り返されて縁の全ての列と行のすべり量が全体の平均すべり量の0.3以上になるまで行われる。トリミング操作によりすべり量の小さい領域は除外するという自己矛盾のない解析方法であるが故に、スケーリング則に整合しているとの結論となるのである。

さらに、強震動の生成に大きく関係するアスペリティも、類似の手法であるSomerville et al.(1999)のアスペリティ設定の手続きに従って求められるため、やはりスケーリング則に整合しているという結論になってしまう。

このような自己矛盾のない解析方法が採用されている以上、多くの地震がスケーリング則に整合しているとの帰結に至る。

  (3) 「整合している」と判定される範囲=標準偏差が大きいこと

このように、震源断層モデルがスケーリング則に整合しているとされるのは、そもそも波形インヴァージョン結果の断層モデルをトリミングにより修正するからであるが、さらに、「整合している」とは1標準偏差内に収まっているという意味であるところ、1標準偏差内に収まるということは、平均値の1.38倍あるいは0.72倍に収まっているということを意味している。

「整合している」といっても、実際には、最小と最大とで2倍近い開きがあり得るのである。「整合している」と判定する範囲をそれだけ広く取れば、多くの震源断層は「スケーリング則に整合している」と結論されることになってしまう(平均値の1.39倍以上か、あるいは0.71倍以下の場合に初めて「整合していない」という結論となる。)。

このように、スケーリング則に整合しているといっても、実際には平均値の0.72倍から1.38倍という大きな幅があるのである。

  (4) 個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらつくこと

入倉他(丙232[10 MB])では、SMGAモデルによる合成波形と観測波形を比較し、波形の一致は満足のいくものであるとしている。ここにいうSMGA(Strong Motion Generation Areas)モデルとは、対象地震の場合、断層面上に強震動が生成される特定の領域(長さ数km~10数km、幅数km)を設定し、それによる強震動を各地点で精度よく算出することを目的としている。その考え方の骨子は、①波形インヴァージョンで得られた断層破壊モデルにおいて、平均すべり量よりも大きいすべり量の領域=アスペリティが強震動に関係する、②強震動は、アスペリティの位置と大きさで定義されるSMGAのみによって生成される、の2点である。

しかし、上記の入倉他(丙232[10 MB])の結論にもかかわらず、実際には、予測と観測値とは乖離しており、大きくばらついている。

次図はSMGA3枚モデルによる合成波形と観測波形の振幅比を示し《図省略》、入倉他(丙232)の図7(8頁)に示された最大値の比であって、この値が1であれば観測値どおりに予測できたことになり、1から外れるほど予測が観測値から乖離していることを示している。この点、速度(次図の下図《図省略》)については最大値が1.30、最小値が0.25と、観測点による分散が大きくなっており、加速度(次図の上図)については最大値が2.41、最小値が0.41と、分散がさらに大きくなっている。約2/5もの過小評価から2.41倍の過大評価まで散在しているということである。特に、概ね加速度300ガル、速度30cm/sを超える震動では、地表観測点(茶色)の合成波振幅が観測値を大幅に超えており、この傾向は速度(次図の下図)よりも加速度(次図の上図)により顕著である。

さらに、SMGA1枚モデルの場合、値の分散は格段に大きくなっている。

すなわち、速度(次図の下図《図省略》)については最大値が2.89、最小値が0.21であり、加速度(次図の上図《図省略》)については最大値が5.43、最小値が0.47となっている。1/5もの過小評価から5.43倍の過大評価まで散在しているということであり、分散がさらに大きくなっているのである。

このように、SMGAモデルによる合成波形と観測波形とは平均的には一致するというものの、SMGAの位置や大きさを震源近傍の観測波形に基づいて求めるという現状では我が国最高水準の精度の高い解析によってさえ、個々の観測点での波形の一致度(再現性)は大きくばらついている。合成波形と観測波形の最大値をその比(合成波形/観測波形)で比較すると最大で5倍程度の乖離が生じており、対数平均から求めた1標準偏差は1.7倍に達する。熊本地震の強震記録によるインヴァージョン解析の結果である合成波形は、地点によっては観測波形の5分の1程度しかないのであり、それだけ過小な帰結となっているということである。このように大きなバラツキが生じている理由は、生成される地震波形が場所・時間によりその性質が変化しており、さらに、波形に影響を与える伝播経路やサイト特性を、後追い予測によってさえ完全に把握することが不可能だからである(これらの要素が、地震動の大きさに影響を与える重要な要素であるということでもある。)。

個々の地点では相当過小評価となっているということは、こと原発の安全性との関係では極めて重大な問題をはらむ。熊本地震の場合のように基準地震動の5倍もの地震動が原子炉等の重要施設で発生すれば、その安全性を確保することが全くできないからである。

  (5) 強震動生成域(SMGA)が確定しないこと

SMGAの位置は断層面上で強震動の震源域を特定したものであるから、SMGAの位置が変われば震源域が変わることになり、そのため観測点での地震動も変化する。よって、SMGAの位置はある地点における地震動の算定において重要な意味を持つ。当然、基準地震動の策定においてもSMGAの位置の設定は非常に重要となる。

然るに、熊本地震に関する断層モデルにおいては、SMGAの位置がすべり量の大きい位置とは大きくずれている。

まずSMGA3枚モデルの場合、SMGAの位置は、Yoshida et al.(2016)のインヴァージョン結果によるモーメント時間関数の大きい位置やすべり分布の大きい位置と整合していない(甲497[1 MB]・図8)。アスペリティの位置(緑破線枠)とは異なる位置にSMGA(青枠)が求まっており、これらも整合していない(同[1 MB]・図5)。

次にSMGA1枚モデルの場合も、以下の断層モデルによれば北東側にすべり量の大きい領域が広がっているが、SMGAとは一部たりとも重なっておらず、正にかけ離れた位置となっている(甲497[1 MB]・図2、10)。

このように、設定されたSMGAの位置とすべり分布の大きい区域やアスペリティとは大きくずれているのであり、SMGAの位置が確定していない。その理由は、断層面の設定では枚数や大きさ、位置、傾きなどが研究者の考えに委ねられており、初期断層面の設定に曖昧さがあるためである(実際、同じ熊本地震についてであっても断層面が論者により1枚から4枚まで設定されており、バラバラである。)。

そして、上記のとおりSMGAの位置は基準地震動の策定において重要な意味を持つため、それが確定しないということは、基準地震動を精度よく策定することができないということに他ならない。基準地震動を正確に策定することは不可能なのであり、過小評価となっている危険性がある。

  (6) 将来予測である基準地震動についてはなおさら過小評価の危険が大きい

しかも、これらは地震発生後においての話である。自己矛盾が生じないようになっているはずの後追い予測でさえこれだけのバラツキがあり、SMGAの位置も確定しないのであるから、地震発生前に策定される基準地震動においては原発敷地での観測記録は当然利用できないため、サイト特性などの正確な情報が得られないことも相俟って、予測の精度はさらに悪くなり、より大きなバラツキが生ずる危険が高いのである。

予測される地震動の5倍を上回るような大きな地震動が発生する可能性が地点によっては十分にあり、過小評価の危険は大きい。

  (7) まとめ

以上のように、波形インヴァージョン解析によって得られる断層モデルは、初期断層面の設定が研究者の考えに委ねられており曖昧さがあるため、地震動の算定に重要な要素であるSMGAの位置を確定することができないこと、SMGAモデルによる合成波形の再現性は、個々の観測点では大きくばらつき、その乖離の程度は最大5倍、標準偏差で1.7倍に達すること、地震発生後に得られた情報に基づく後追い予測においてすらそうなのであるから、サイト特性なども含めた断層面についての的確な情報が得られていない事前予測(基準地震動の策定)においては、予測の精度はさらに悪く、地震動が過小評価となっている具体的な危険性があるのである。

この危険性は、断層モデルが入倉・三宅の式によるスケーリング則と整合しているからといって何ら否定されるものではない。

 3 入倉他論文(丙232[10 MB])の問題点

なお、そもそも入倉他論文(丙232[10 MB])には以下のとおり独自の疑問点があり、その信頼性には大きな疑義がある。そのような信頼性の乏しい論文は、そもそも論拠たり得ないと言うべきである。

  • 入倉他(丙232[10 MB])ではFig.1についてYoshida et al.(2016)を引用したと説明されているが、同論文のモデルとは異なっており、独自に手を入れている。
  • 断層面積、平均すべり量、アスペリティ面積などについて、原論文にない値やそれらと異なった数値を用いており、独自に設定している。
  • 「簡単である」というだけで、合理的理由なく、SMGA(強震動生成域)が1枚のモデルを採用している。
  • 要素断層の大きさや数などについての説明がない。

◆原告第64準備書面
-被告関西電力準備書面(16)に対する反論等-
目次

原告第64準備書面
-被告関西電力準備書面(16)に対する反論等-

2019年7月26日

原告第64準備書面[2 MB]

目 次

第1 被告関西電力準備書面16について
1 被告関西電力の主張
2 震源断層モデルがスケーリング則に整合していても観測点での地震動が過小評価となっている危険性があること
3 入倉他論文(丙232)の問題点

第2 基準津波評価においては武村式を用い、基準地震動評価においては入倉・三宅の式を用いることの矛盾・ダブルスタンダード
1 入倉・三宅の式よりも武村式等の方がMoが大きくなること
2 基準地震動の策定において用いられている入倉・三宅の式
3 基準津波の策定において用いられている武村の式
4 武村式と入倉・三宅の式を使い分けることの矛盾・恣意性

第3 活断層調査が不十分であること
1 少なくとも活断層の有無をできる限り調査する必要があること
2 熊本地震に関するトレンチ調査により断層活動の痕跡が複数発見されたこと
3 最低限の調査としてトレンチ調査が行われるべきこと
4 大飯原発を巡ってはトレンチ調査さえされていないこと
5 活断層調査が不十分であること

第4 纐纈教授の指摘を踏まえて
1 入倉・三宅の式が過小評価となる危険性
2 原子力規制委員会の基準では過小評価の危険性があることを具体的に指摘

◆第23回口頭弁論 原告提出の書証

甲第491~495号証(第62準備書面関係)
甲第496号証(第63準備書面関係)



証拠説明書 甲第491~495号証[66 KB](第62準備書面関係)
(2019年5月8日)

甲第491号証[1 MB]
ホームページ(三井ホーム)(三井ホーム株式会社)

甲第492号証[1 MB]
ホームページ(住友林業)(住友林業株式会社)

甲第493号証[2 MB]
ホームページ(積水ハウス)(積水ハウス株式会社)

甲第494号証[5 MB]
東日本大震災における鉄道施設の防災対策の効果と今後の取組について(交通政策審議会 陸上交通分科会鉄道部会)

甲第495号証[640 KB]
東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告(中央防災会議 東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会)

証拠説明書 甲第496号証[65 KB](第63準備書面関係)
(2018年5月8日)

甲第496号証[96 KB]
口頭弁論要旨(原告 石井琢悟)

◆ 第23回口頭弁論 意見陳述

口頭弁論要旨

石井 琢悟

私は、大飯原発から52.5km南に位置する、京都府南丹市園部町に住んでいる、石井琢悟と申します。町の中心部から数キロ、園部川沿いの里山に自宅があります。週の何日かは電車を使って京都市方面へ行きますが、多くの日は自宅を仕事場にしており、仕事でも生活でも、自宅が過ごす時間の大部分を占めています。

 (1) 作物作りを続けたい

まず、私が住んでいるところで大事にしていることを壊されたくないという強い思いからお話しします。

住んでいる地域には農業に従事する人が多く、専業で野菜を京都市や直売所で販売している農家が複数おられます。朝霧に包まれることの多い園部川沿いの自然環境で採れるお米はおいしく、都会の子供たちが米作り体験を通じて自然環境を学習する場である、宝酒造株式会社が主催する『田んぼの学校』の開催地にも選ばれ、数年以上、多くの子供たちを迎え入れてきています。近年は、農業をするために移住してきて子どもを育てる若い家族が見られる地域でもあります。

私も、10年前にここへ移り住んだ当初から、近くの畑をお借りし、作物作りを続けています。春から秋にかけては大豆や小豆といった豆類、冬の間はにんにくを中心として、採れた種の一部を次の世代のために回す自家採種をしながら、育てた作物について自給自足しています。できるだけ自然に任せる形でのこの作物作りが、週末、妻と共有する大事な時間になっています。

大飯原発から自宅までの直線距離は、福島第一原発から飯舘村と福島市の中間点までの距離程度です。福島第一原発事故のときには、飯舘村方向に放射性プルームが流れました。2年前に私が飯舘村を訪れたときに確認したモニタリングポストの空間線量では 1μS/hを大きく超える箇所がすぐに見つかりました。農地など至る所が事実上、除染土置き場になっています。環境省が公表している風向きデータによると、大飯原発から南に位置する私の地域で最も頻度の高い風は、北風です。この事実に基づくと、もしも大飯原発が福島第一原発と同程度の事故を起こした場合、私が住んでいる地域は、飯舘村と同程度の深刻な放射能汚染を受ける可能性が確率的に最も高いと想定されます。

何十キロも離れた地域の生活を壊すほどの事故を起こす可能性がないような工業施設であれば、自分が住んでいる地域のこととして考えを巡らさなかったかもしれません。しかし、原発はそのような施設ではないということを、もう事実として知っています。私は、住んでいる地域に訪れている子供たちが大人になって作物作りを始めたりこの地域に移り住んだりする将来を思い描いています。かけがえのない自然環境の中で将来も生活し続けられるようにするのは、私の世代の責務です。持続的な生活が不可能になる規模の損害を被るリスクを持っている大飯原発の稼働は、将来世代が安心して生活する権利の侵害です。

 (2) 避難の困難さ

次に、原発事故が起きて避難しなければならないときの私の困難な状況をお話しします。

原発事故が起きて電気が止まった場合、電車は使えません。車だけが遠くに逃げる手段となります。

私が住んでいる園部町は、北は原発方向、真東は山で逃げられないので、逃げる方向は、西か南に限られます。日常生活において、わざわざ西の兵庫県丹波篠山市方面へ行くことはめったにないので、特定の行き先のイメージもない西へ避難するという発想は持ちにくく、日常的に使い慣れていて、京都市など行き先がイメージできる、国道9号線を南方へ逃げることが頭に浮かぶと思います。私の母は、一人で住んでおり、実家は京都市を挟んだ滋賀県大津市にあります。そこは、山の中で交通の便があまりよくなく、なにより母は車を運転できないので、私は、いったん母の元を訪れ、連れて避難することを考えるだろうと思います。それが自然な心の動きです。ですから、実際、まずはそこへの経路である京都市へ抜ける、国道9号線を走ることになる可能性が高いです。並行する京都縦貫自動車道は、多くのトンネルと高架を抜ける高速道路です。災害時には閉鎖されると想定されるため、国道9号線が事実上唯一の京都市方面への幹線道路です。

私だけでなく、この地域の住民も、この幹線道路を京都方面へ逃げる可能性が高いと思います。しかし、国道9号線は、園部町の少し先、亀岡市に入ると日常的に渋滞しています。常時渋滞傾向にあるこの道が大規模災害時に動けなくなるだろうということは、この地域に住む人なら簡単に想像できます。実際、平時の現在でさえ、私が自宅から亀岡市中心部を抜けるまでに小一時間かかったりします。環境省が公表している風速データを基にすると、大飯原発で放射性物質が放出されるような事故が起きた場合、平均2.5時間のうちに渋滞の列は放射性プルームに覆われると概算できます。災害情報を確認するなどしてから避難行動を起こすと、ちょうど重なるタイミングです。この状況は、福島第一原発事故の時に飯舘村方面へ逃げた車の列を放射性プルームが襲い、多くの人が被曝したときの状況と類似しています。既に事実として知られているこれと同じことが私の身、この地域の住民の身に起きる可能性が、事実に基づくと、確率的に高いのです。

そのように被曝する可能性が高いことを考えると、車で避難するのは危ない方法だということになります。ですから、自宅以外への避難は手遅れだと想定しておかなければなりません。そうすると、自宅で動かずに安定ヨウ素剤を飲むのが放射性物質の飛散から一時的に身を守る唯一の方法となります。しかし、住んでいる地域の南丹市から安定ヨウ素剤の事前配布を話題にされたことはありません。原発から半径32.5km圏内に位置する美山町では安定ヨウ素剤の備蓄がなされていますが、その圏外となる私の住んでいる地域では、それすらありません。事故が起きてからの持ち時間が2.5時間で、避難も防護もできません。

原発の本質の一つは、事故を起こしたときに、その被害が何十kmもの広範囲にわたる点にあります。原発施設という狭い区域内の技術的安全性を考慮するだけでは、原発は、今でも生活や人生を破壊しうる技術のままです。私が住む地域で、事故が起きたときの避難・防護の方法が用意されていないのが現実です。これは、将来にもわたって健康に生き続ける権利の侵害です。

◆ 原告第63準備書面
-避難困難性の敷衍(京都府南丹市園部町における問題点について)-

原告第63準備書面
-避難困難性の敷衍(京都府南丹市園部町における問題点について)-

2019年(平成31年)4月26日

原告提出の第63準備書面[123 KB]

目 次

1 原告石井琢悟について
2 原発事故は、かけがえのない自然を破壊する
3 避難の困難さ


原告第6準備書面において、避難困難性について述べたが、本準備書面で京都府南丹市園部町に在住する原告の石井琢悟の日々の暮らしをもとに、避難困難性に関する個別事情について述べる。

1 原告石井琢悟について

原告石井琢悟は、大飯原発から52.5km南に位置する、京都府南丹市園部町に住んでいる。原告石井琢悟の自宅は、町の中心部から数キロ、園部川沿いの里山にある。原告石井琢悟は、週の何日かは電車を使って京都市方面へ行くが、多くの日は自宅を仕事場にしており、仕事でも生活でも、大部分を自宅で過ごす。

2 原発事故は、かけがえのない自然を破壊する。

原告石井琢悟が、住んでいる地域には農業に従事する者が多く、専業で野菜を京都市や直売所で販売している農家が複数いる。朝霧に包まれることの多い園部川沿いの自然環境で、美味しいお米が採れ、都会の子供たちが米作り体験を通じて自然環境を学習する場でもある。宝酒造株式会社が主催する『田んぼの学校』の開催地にも選ばれ、数年以上、多くの子供たちを迎え入れてきている。近年は、農業をするために移住してきて子どもを育てる若い家族が見られる地域でもある。

原告石井琢悟も、10年前にここへ移り住んだ当初から、近くの畑を借り、作物作りを続けている。春から秋にかけては大豆や小豆といった豆類、冬の間はにんにくを中心として、採れた種の一部を次の世代のために回す自家採種をしながら、育てた作物について自給自足している。できるだけ自然に任せる形でのこの作物作りが、週末、原告石井琢悟にとって、妻と共有する大事な時間になっている。

大飯原発から原告石井琢悟の自宅までの直線距離は、福島第一原発から飯舘村と福島市の中間点までの距離程度である。福島第一原発事故のときには、飯舘村方向に放射性プルームが流れた。2年前に、原告石井琢悟が飯舘村を訪れたときに確認したモニタリングポストの空間線量では1μS/hを大きく超える箇所があった。農地など至る所が事実上、除染土置き場になっていた。環境省が公表している風向きデータによると、大飯原発から南に位置するこの地域で最も頻度の高い風は、北風である。もしも大飯原発が福島第一原発と同程度の事故を起こした場合、原告石井琢悟が住んでいる地域は、飯舘村と同程度の深刻な放射能汚染を受ける可能性が高い。

仮に、原発事故が起きた場合、かけがえのない自然環境が、奪われてしまい、金銭に置き換えることができない、回復不可能な損害が発生し、重大な人権侵害が起こることになる。

3 避難の困難さ

原発事故が起きて電気が止まった場合、電車を使用する事は出来ないため、自動車だけが、逃げる手段となる。

原告石井琢悟、が住んでいる園部町は、北側には原発があり、東側には山がある。このため、逃げる方向は、西か南に限られる。仮に、原告石井琢悟が、避難する場合、日常的に使い慣れており、京都市など行き先がイメージできる、国道9号線を南方へ逃げることが想定される。原告石井琢悟の母は、滋賀県大津市に、一人で居住している。そこは、山の中で交通の便があまりよくなく、なにより原告石井琢悟の母は車を運転できないため、原告石井琢悟は、いったん母の元を訪れ、連れて避難することになる。しかし、国道9号線は、園部町の少し先、亀岡市に入ると日常的に渋滞している。常時渋滞傾向にあるこの道が大規模災害時に動けなくなるだろうということは、原告石井琢悟を含め、園部町に住む者なら簡単に想像できる。実際、原告石井琢悟が自宅から亀岡市中心部を抜けるまでに一時間程度掛かることもある。環境省が公表している風速データを基にすると、大飯原発で放射性物質が放出されるような事故が起きた場合、平均2.5時間のうちに渋滞の列は放射性プルームに覆われると概算できる。そのように被曝する可能性が高いことを考えると、車で避難するのは危ない方法だということになり、結局、原発事故が起きた際に、避難することは、不可能である。

原発の本質の一つは、事故を起こしたときに、その被害が何十kmもの広範囲にわたる点にある。このような、原発は、今すぐ、廃炉にするべきである。

以上

◆ 原告第62準備書面
第3 我が国の行政でも原発以外の分野では「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を想定するようになっていること

原告第62準備書面
-いわゆる「社会通念論」批判-

2019年(平成31年)4月26日

目 次(←第62準備書面の目次に戻ります)

第3 我が国の行政でも原発以外の分野では「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を想定するようになっていること
1 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成25年)に至る経過
2 政府の調査部会が地震が予測不可能であることを認めたこと
3 まとめ


第3 我が国の行政でも原発以外の分野では「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を想定するようになっていること

 1 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成25年)に至る経過

第3は既に第42準備書面でも、法制度の整備のこととしてふれたところであるが、本書面は、社会通念との関係で、詳論する。

平成23年3月に発生した東日本大震災は、それまでの想定をはるかに超える巨大な地震・津波により一度の災害で戦後最大の人命が失われるなど甚大な被害をもたらしたため、「東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震・津波対策に関する専門調査会報告」において以下のよううに指摘された(甲495[640 KB])。

  • 対象地震・津波を想定するためには、できるだけ過去に遡って地震・津波の発生等をより正確に調査し、古文書等の史料の分析、津波堆積物調査、海岸地形等の調査などの科学的知見に基づく調査を進めることが必要である。この調査検討にあたっては、地震活動の長期評価を行っている地震調査研究推進本部地震調査委員会と引き続き十分に連携し実施する必要がある。
  • この際、地震の予知が困難であることや長期評価に不確実性のあることも踏まえつつ、考えうる可能性を考慮し、被害が想定よりも大きくなる可能性についても十分に視野に入れて地震・津波を検討する必要がある。
  • すなわち、今後、地震・津波の想定を行うにあたっては、あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波を検討していくべきである。

これらを踏まえ、いかなる大規模な地震及びこれに伴う津波が発生した場合にも、人命だけは何としても守るとともに、我が国の経済社会が致命傷を負わないようハード・ソフト両面からの総合的な対策の実施による防災・減災の徹底を図ることを目的として、平成25年に東南海・南海法を改正する形で、南海トラフ全体を対象とした「南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」(以下、「南海トラフ法」という。)が制定され、科学的に想定し得る最大規模の地震である南海トラフ巨大地震も対象に地震防災対策を推進することとされた。ここでは、法律の条文としても、中央防災会議の役割を定めた4条4項で、「中央防災会議は、基本計画の作成及びその実施の推進に当たっては、南海トラフ地震の発生の形態並びに南海トラフ地震に伴い発生する地震動及び津波の規模に応じて予想される災害の事態が異なることに鑑み、あらゆる災害の事態に対応することができるよう適切に配慮するものとする。」とした。

この法律により、南海トラフ地震により著しい被害が生ずるおそれのある地域が南海トラフ地震防災対策推進地域として指定され、同地域においては、大震法や東南海・南海法と同様に、国、地方公共団体、関係事業者等が、調和を図りつつ自ら計画を策定し、それぞれの立場から予防対策や、津波避難対策等の地震防災対策を推進することとされた。

 2 政府の調査部会が地震が予測不可能であることを認めたこと

このようななか、平成25年にとりまとめられた政府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」の下に設置された「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」(以下、「平成25年調査部会」という。)の報告において、「現在の科学的知見からは、確度高い地震予測は難しい。 」とされた。ここで「地震予測」とは「確度の高い地震の予測」とは、地震の規模や発生時期を確度高く予測すること」とされ、前述の「予知」を含む概念とされた。

さらに、平成29年、政府の「南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会」において、近い将来発生が懸念される南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性について最新の科学的知見を収集・整理して改めて検討した結果、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はなく、大規模地震対策特別措置法に基づく警戒宣言後に実施される現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできないのが実情である。」と、とりまとめられた。

 3 まとめ

このように、我が国の地震に対する防災に関する行政の考え方は、巨大地震の規模や発生時期を予測できないことを前提に、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を検討して「あらゆる災害の事態に対応することができるように」するものになっている。これは社会通念の範囲を遙かに超え、行政施策上の基本方針となっているのである。

この点で重要なのは、南海トラフ地震をはじめとする海溝型の地震より、本訴訟で問題になっている内陸型の地震の方が、ある断層で発生する地震の周期が長いこと等に起因して、地震の規模や発生時期の予測がより困難だということである。

そうであるなら、原発の地震対策についても、「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震」を想定すべきであり、それは、少なくとも我が国の観測史上の既往最大の地震、地震動を下回ることはないのである。ましていわんをや、我が国の原発敷地に襲来した地震動を下回る「基準地震動」が社会通念を根拠に正当化されることは到底あり得ない。

以上

◆ 原告第62準備書面
第2 一般建築物に求められる耐震性との比較でも原発の安全性は社会通念にすら達していないこと

原告第62準備書面
-いわゆる「社会通念論」批判-

2019年(平成31年)4月26日

目 次(←第62準備書面の目次に戻ります)

第2 一般建築物に求められる耐震性との比較でも原発の安全性は社会通念にすら達していないこと
1 原発の耐震性を遙かに上回る耐震性を一般建築物でさえ具備していること
2 耐震性について科学的な検証がなされていないこと


第2 一般建築物に求められる耐震性との比較でも原発の安全性は社会通念にすら達していないこと

 1 原発の耐震性を遙かに上回る耐震性を一般建築物でさえ具備していること

  (1) 一般建築物が備える最高レベルの耐震性

大飯原発は,基準地震動が856ガル,クリフエッジが1240ガルであるが,それらを遙かに上回る耐震性を,以下のとおり,現実には一般建築物さえ有している。

   ア 三井ホームの耐震住宅(甲491[1 MB]
三井ホームの提供する住宅は,震度7に60回,最大5115ガル,231カイン(カインは地震の揺れの強さを速度で表した単位)に耐えるだけの耐震性を備えた住宅であり,以下のように紹介されている。

「今回の耐震実験では、あらゆる可能性を検討し、自然界では到底起こりえない過酷な条件で検証を行ないました。震度6強以上のさまざまな揺れ方の大地震を16種類、連続65回。(その内震度7は12種類、60回)想定外を想定することで、あらゆるタイプの地震動に対して安心安全な住宅を目指しています。※震度4以上は、125回実施。」

   イ 住友林業の耐震住宅(甲492[1 MB]
住友林業の提供する住宅は,最大加速度2699ガルの揺れを余裕でクリアし,震度7や震度6に繰り返し耐えるだけの耐震性を備えた住宅であり,以下のように紹介されている。

「東日本大震災と同等の最大加速度2,699galの揺れを余裕でクリア。阪神・淡路大震災(最大加速度818gal)の3.3倍の揺れにも耐え抜き、巨大地震への強さを実証しました。さらに、東日本大震災の震度7を2回、阪神・淡路大震災の震度7を20回」
「巨大地震と強い余震が繰り返し発生することも想定し、合計246回の加振を実施。」

   ウ 積水ハウスの耐震住宅(甲493[2 MB]
積水ハウスの提供する住宅は,245回に及ぶ振動実験の最後にかつて体験したことのない巨大地震を想定した揺れを発生させても耐えるだけの耐震性を備えた住宅であり,以下のように紹介されている。

「実大モデルによる振動実験は、総回数245回におよんだ実験の最後に、兵庫県南部地震の最大速度90カインをはるかに超える、入力波最大速度160カインという、かつて体験したことのない巨大地震を想定した揺れに挑戦。このとき建物が吸収した地震動エネルギーは、兵庫県南部地震の約10倍という破壊的なものでした」

   エ 新幹線(甲494[5 MB]
鉄道土木構造物は,阪神・淡路大震災以降,海洋型地震について1100ガル,直下型地震について1700ガルにそれぞれ想定し,そのような強い揺れに襲われても構造物の被害を軽微な損傷に留めるだけの耐震性能が要求されている。

この基準は観測された地震の規模を踏まえて随時改定されてきものであるが,1700ガルという数値は,阪神・淡路大震災で実際に観測された900ガルという数値の倍近い。これは,想定外を想定し最大規模の地震動に耐えうるだけの耐震性を備えるべきとの考えに他ならない。

   オ 小括
一般建築物がこのように高い耐震性を有しているのは,「あらゆる可能性を検討」「想定外を想定」「かつて体験したことのない巨大地震を想定」することによって最大級の安全・安心を確保し,万が一にも重大な事態とならないようにするために他ならない。

では,原子力発電所は「あらゆる可能性を検討」し,「想定外を想定」する必要がないのであろうか。それらをしていない原発の損座は許容されるであろうか。

  (2) 一般建築物の耐震性を大幅に下回る耐震性しか有していない原子力発電所の存在は許容されないこと

一般建築物でさえ既往最大や想定外を想定するような耐震性能を具備しているのに,大飯原発はそれに遥かに劣る856ガルにしか耐えられず,1240ガルを超えれば極めて深刻な事態を引き起こす。この1240ガルという数字は,上記の各住宅や鉄道土木構造物が優に耐えうる揺れであるから,一般建築物には重大な毀損が発生していないのに,それらよりも遙かに安全であるべき大飯原発ではクリフエッジを上回る揺れによる極めて深刻な事態が生ずるということである。このように,一般建築物は耐えられる程度の揺れで崩壊するような原子力発電所を許容する社会通念のないことは明らかである。

これに対して被告関西電力は,大飯原発の基準地震動は解放基盤面での数値であるから一般建築物とは単純に比較できないと主張するであろうが,一般建築物が,どこに建っていようと上記のような既往最大を上回るような想定をした上で耐震性を確保していることには変わりないから,当該地盤がどのようなものであるかが問題なのではない。「地盤が強固だから,一般建築物の耐震性を遙かに下回る耐震性しか有していない原子力発電所が存在してもよい」などという社会通念は存在しないのである。

基準地震動やクリフエッジを遙かに上回る,既往最大の揺れにすらこれらの建築物が耐え得ることは事実であるから,それを遙かに下回るような耐震性しか有していない原発は,社会通念上許容されないというべきである。

  (3) 「強固な地盤の上に建っている」という幻想

そもそも被告関西電力の主張は「地盤が強固だから強い揺れがこない」という幻想であり仮定の上に成り立つものにすぎず,原発という危険な施設についてそのような仮定を設定することは,科学的に誤りであることはもちろん,社会通念にも合致しない。

実際,柏崎刈羽原発では2007年の中越沖地震で基準地震動450ガルの4倍近い1699ガルを記録しているが,原告第37準備書面1~3頁等で述べたように,東京電力は同地震の前には「揺れの少ない強固な岩盤上に建てています。」「原子力発電所の重要な機器・建物等は、表層の軟らかい地盤を取り除き、地震による揺れが小さい固い岩盤の上に直接固定して建設しています。岩盤上の揺れは、新しい年代の軟らかい地盤の揺れに比べ1/2から1/3程度になることが分かっています。」などと述べて「地盤が強固だから強い揺れがこない」と主張していたにもかかわらず,いざ基準地震動を上回る地震動に見舞われるや「要因2:発電所周辺の地表から4~6kmの深部地盤の傾きにより波が同時集中した(約2倍)」「要因3:発電所の地下2kmの敷地地盤の褶曲構造により1~4号機に波が集中した(約2倍)」などと述べて「実は地盤が軟弱だった」と180度主張を反転させたのである。そうすると,大飯原発でも同じことが起こらないとなぜ明言できるのであろうか。地盤特性は事前には詳らかにしようがない事柄であるから,いまは「地盤が強固だから強い揺れがこない」といわれていても,基準地震動を遙かに上回る地震動が本当に発生しないかどうかは全く分からず,発生した後になって「実は地盤が軟弱だった」と180度主張を反転させたても,もはや取り返しのつかない深刻な被害が発生してしまっているのである。

仮に地盤が軟弱であると仮定しても想定しうる最大級の揺れに十分に耐えられるような耐震性を備えていることこそ,社会通念が最低限求める原発のあるべき姿といわなければならない。

 2 耐震性について科学的な検証がなされていないこと

もう一つ,上記の一般建築物との比較から明らかなことは,上記一般建築物は繰り返し繰り返し耐震テストを行って導かれた耐震性の数値であり,よってそのような数値の地震動に耐えうることが科学的に実証されているのに対し,大飯原発の耐震性はあくまでも計算上のものにすぎず,科学的に実証もされていないということである。実際に856ガルの地震動が到来したとして,それに現に耐えられるかどうかはそのときになってみないと分からないという,その意味で正に机上の空論でしかない。

そのような,科学的に検証されておらず,実際には蓋を開けてみなければ分からないという実態からしても,やはり社会通念上許容されないというべきである。

◆ 原告第62準備書面
第1 司法の役割は人権救済にあること

原告第62準備書面
-いわゆる「社会通念論」批判-

2019年(平成31年)4月26日

目 次(←第62準備書面の目次に戻ります)

第1 司法の役割は人権救済にあること
1 はじめに―人権とは
2 原発事故が多大な人権侵害をもたらすこと
3 司法は人権問題の判断を回避してはならないこと
4 この間の司法判断は人権を尊重すべき司法の役割を放棄したものであること


本書面は、この間の原発差し止めをめぐる司法判断において、いわゆる社会通念や、あるいは立法の判断を過度に重視し、原発の危険性やそれと表裏の関係にある住民の人権を軽視する判断が続いていることを批判するものである。

第1 司法の役割は人権救済にあること

 1 はじめに―人権とは

原告ら訴訟代理人弁護士出口治男は、昨年6月胆管ガンの告知を受け、膵臓・胆のう・十二指腸の切除手術を受けた。手術中不整脈を繰り返し、大量の輸血が行われ、生死の境をさまよい、13時間にわたる複雑な手術を耐えて、ようやく生還できた。その後も血栓の発生、血栓が脳へと及ぶのを防ぐ為の電気ショック、ショック療法の影響によると思われる動脈の出血、体内に毒性の体液が貯まり、それを排出する5本にのぼるドレーンの付設等様々な危険な状態が続いた。そうした状態に対し、医師・看護師・看護助手・リハビリ療法士らの昼夜を問わぬ献身的な治療・看護によってようやく3ケ月後に退院でき、幸いにして今本法廷に立ち弁論を行うことができるに至った。

この度の経験で、人権というものについて考えさせられた。生きること、生きてあること。それが人権の中核にあることを実感できた。生きること、生きてあること、はしかし自分一人でできることではない。医療関係者・家族・友人知人達全ての人達が生きようともがいている自分と友愛の絆で結ばれてあることこそが人権の中核にあると実感させられた。人権は孤立してあるのではなく、自分を取り巻く多くの人達との友愛の絆の中に存在するのである。

自由で平等な人達が友愛の絆で結ばれた社会において、人権は初めて十分なものとなることを確信させられた。

 2 原発事故が多大な人権侵害をもたらすこと

既に述べたとおり、原発事故は巨大かつ取り返しのつかない人権侵害をもたらす。このことは、チェルノブイリ原発、福島第一原発事故を経験したいま、それを否定することは誰もできない。

原発事故は、友愛の絆で結ばれた社会を不可逆的に破壊し、人権の中核を根こそぎ奪い尽くす。我々は原発事故の実相をまざまざと見てしまった。我々は福島第一原発事故による被害の実態から目をそむけてはならない。生死の境をさまよった一人として、そのことはどれだけ強調しても強調しすぎることはない。

 3 司法は人権問題の判断を回避してはならないこと

原告らは第46準備書面において、合衆国最高裁長官ウォレンについて触れたが、再度触れておきたい。

アール・ウォレンは、1953年、アイゼンハワー大統領によって、カリフォルニア州知事から米国連邦最高裁長官に任命された。そして、この任にある時期、ウォレン・コートは、白人と黒人の分離教育は違憲と断じたブラウン対教育委員会事件、貧困者は、全ての重罪事件で、公費により弁護人を付されなければならないとされる契機となったギデオン事件、それを嚆矢とする一連の刑事司法改革判決等を生み出した。平等主義への強い志向、少数者保護についての積極的態度、米国社会の最も困難な問題である人種問題の解決に、行政部や立法部ではなく、司法部がまずイニシアティブをとったのであった。ウォレン長官は、退任直後、「ウォレン・コートは余りに早く進みすぎはしなかっただろうか」との問いに次のように答えた。「われわれは、われわれがいかに早く進むべきかについては何もいうことはない。われわれはわれわれのところへくるケースとともに進むのである。そしてケースが人間の自由の問題を持って、われわれのところにくるときには、われわれは弁論を聞き判決をするか、あるいはこれを放置して、社会の底にうずもれさせ将来の世代が解決するのにまかせるか、どちらかである。わが国においては、概していえば後者は余りに長くなされすぎたのである。」

このウォレン長官の見解は、原発をめぐるわが国の司法において深く心に止めるべきものと考える。原発について、わが国の司法は、実質的に司法判断を回避して放置し、社会の底にうずもれさせ将来の世代が解決するのにまかせてきた。福島第一原発は巨大かつ悲惨な事故を起こした。これは、司法が原発についての司法判断を実質的に回避して放置し、社会の底にうずもれさせ将来の世代にそのつけを回してきたからではないか。司法にも責任はないのか。これがこの訴訟に関係する全ての者に対して問いかけられていることと思われるのである。

 4 この間の司法判断は人権を尊重すべき司法の役割を放棄したものであること

原発再稼働を容認した諸判決の特徴は、原発に一定の危険性を認めながら「社会通念」という法概念として極めて曖昧な文言を使って再稼働を容認するという論理構造を有している。しかし、それはさきに述べた人権をないがしろにし、全くかえり見ようとしないものである。人権を尊重すべき司法の役割を放棄したものと言うほかはないのである。司法は本当にそれでよいのであろうか。死地を通りぬけた人間の一人として、人権を改めて直感的に体験した原告ら訴訟代理人として、本法廷関係者全てにそのことを訴えたいのである。

◆ 原告第62準備書面
-いわゆる「社会通念論」批判-
目次

原告第62準備書面
-いわゆる「社会通念論」批判-

2019年(平成31年)4月26日

原告提出の第62準備書面[227 KB]

目次

第1 司法の役割は人権救済にあること
1 はじめに―人権とは
2 原発事故が多大な人権侵害をもたらすこと
3 司法は人権問題の判断を回避してはならないこと
4 この間の司法判断は人権を尊重すべき司法の役割を放棄したものであること

第2 一般建築物に求められる耐震性との比較でも原発の安全性は社会通念にすら達していないこと
1 原発の耐震性を遙かに上回る耐震性を一般建築物でさえ具備していること
2 耐震性について科学的な検証がなされていないこと

第3 我が国の行政でも原発以外の分野では「あらゆる可能性を考慮した最大クラスの巨大な地震・津波」を想定するようになっていること
1 南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(平成25年)に至る経過
2 政府の調査部会が地震が予測不可能であることを認めたこと
3 まとめ

◆第22回口頭弁論 原告提出の書証

甲第480号証(第59準備書面関係)
甲第481~482号証(第60準備書面関係)
甲第483~490号証(第61準備書面関係)



★証拠説明書 甲第480号証(第59準備書面関係)
(2019年1月25日)

甲第480号証[101 KB]
口頭弁論要旨(原告 西郷南海子)

★証拠説明書 甲第481~482号証(第60準備書面関係)
(2018年1月25日)

甲第481号証[1 MB]
意見書「Fo-B~Fo-A~熊川断層地震M7.8(2018年大阪府北部地震M6.1のスケールアップ)による大飯原発サイトの強震動」(赤松純平)

甲第482号証[1 MB]
「実用発電用原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備の基準に関する規則の解釈」(原子力規制委員会)

★証拠説明書 甲第483~490号証(第61準備書面関係)
(2018年8月31日)

甲第483号証[433 KB]
原子力発電所の火山影響評価ガイド(原子力規制委員会)

甲第484号証[8 MB]
大山火山噴火履歴の再検甲第485号証[19 MB]討(山元孝広)

・甲第485号証
関西電力による大山火山の火山灰分布に関する調査結果について(原子力規制庁)

甲第486号証[712 KB]
火山活動可能性評価に係る安全研究を踏まえた規制対応について(案)(原子力規制庁)

甲第487号証[325 KB]
降下火砕物に対する施設の裕度について(関西電力)

甲第488号証[635 KB]
(補足)既許認可での降灰想定層厚に対する影響評価について(同上)

甲第489号証[196 KB]
大山火山の大山生竹テフラの噴出規模見直しに伴う規制上の対応について(原子力規制庁)

甲第490号証[324 KB]
平成30年度原子力規制委員会第47回会議議事録(原子力規制委員会)